一昨年の12月にブログ
http://bike-tourist.air-nifty.com/ のカテゴリーに「新・雷山無言」を新設した。心新たに、と意を決したからだ。
そのころの日記に「新・雷山無言 を始めます」と書いて、昔に書いた巻頭言
┃静寂な峠で
┃稲光と轟音に出遭う
┃しかしその凄まじさにも
┃森は泰然と動じず
┃樹々はひとときを沈着に過ごす
┃雷山無言
┃冷静になれと山がいう
を引用した。
初心を忘れない、始めたときの心を残しておこう、という気持ちだった。
そして去年の正月、年頭に掲げるテーマを「起死回生」と座右に記して1年間を過ごした。
日記は、書き棄てるものではないし、振り返るものでもない。
私の場合は、毎日書くものでもないし、追われて書くものでもない。
しかし、ときにはそいつに蘇えらせてもらって、生きている。
失意泰然 得意澹然
近思録からのこの一節を丹羽保次郎先生の御講話録で読んだときのことを、こう座右に書いたあのときを蘇えらせねばならない。
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【俳句部から】
◆ 初かまど菜を切る母のうしろ姿
どうしても母のうしろ姿を書きたかった。だから、母をいれました。
▲ 初かまど菜を切るうしろ姿かな
こうしたら、母であることが伝わるのだろうか。
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昔は家の8畳間を4つとも開け放ち、障子や唐紙も取り去ってもまだ式台に人が溢れた。
今は、尋ねてくる人影も疎らだ。みんな逝ってしまった。
- Walk Don't Run - :
http://bike-tourist.air-nifty.com/hiroka/2006/01/post_cbbe.html
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