続・「山頭火句集」(ちくま文庫)をよむ
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雨水が過ぎて、三日月が次第に太り始めている。
きわめてあたりまえのことだが、立春を過ぎれば春が間近に迫り、月が欠け、そして月が満ちてくれば、弥生・三月もまもなくだ。
寒く冷たいこの季節に、山頭火は井月の墓参を思い立ち伊奈谷へと向かっている。昭和九年。五十二歳。
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『草木塔』 旅から旅へ から
・春が来た水音の行けるところまで
さあ、木曽路から伊奈へと旅立とうという山頭火の心をこれほどまでに表した句が他にあろうか。
・乞ひあるく水音のどこまでも
春なのだ。水が勢いを増して迸っている。そのことを山頭火は知っている。
歩き疲れても歩くしかない。そういう人生を選んだ自分に、時には優しく、時には厳しく、しなければならない。
木曽路まで、まだ歩かねばならない。
木曾路 三句
・飲みたい水が音たててゐた
・山ふかく蕗のとうなら咲いてゐる
・山しづかなれば笠をぬぐ
木曽の春は、おそらく、静かで温もりに満ちた春だったに違いない。
鳥が啼いて、山がざわめき、雲が流れている。
そこには、待ちに待った春が来ている。
景色が、迫ってくる。
山頭火が居る。
歩いているのが見える。
皆さんにも見えるでしょう?
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【銀マド:読書系セレクション】
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