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2025年10月26日23:34

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「トロン:アレス」を見て。〜寿命ある生命体として地上に降りたAI戦士には、80年代カルチャーが尊き〜

SFテイストのアクション作品としては、展開される映像をそのまま受け止めるだけでも大丈夫ですし。シリーズものではありますが、冒頭で紹介される作品世界のネット上での「過去のニュース」で、今作に至る経緯が詳らかになるので、興味を持ったら鑑賞後の「復習」でも十分大丈夫かと。

電脳空間(データの世界)のプログラムを擬人化した世界観は、誰にも取っ付き易く。過去作から通して「シリーズの代名詞的バイク型マシン」ライトサイクルや、作品を重ねる毎洗練されるボディースーツに、今作オリジナルのヒトと外装が一体の飛行体の造形や全シリーズ共通の相手を形作るプログラムを突き壊す手に持つディスクといったメカニックや小道具は、特に男の子達には御馳走だと安易に想像付きます。

まだ、デジタル技術の導入が珍しかった1作目から年数をかかって作品を重ねるごと、独自のデザインを継承し醸成されて。この手のジャンル作品として、転結がきっちり判り易くかつ、見る者を惹き付けるように構成されているうえに。トロントの街中で数日ロケを行うなど予算も投じられているのでチケットの対価の価値はあります。

児童文学や自社アニメーションの映像化権の延命に執心するディズニー社の作品としては、大きく会社の利益に貢献した訳でもなく、ランドでアトラクション化されるまで「大衆」に馴染みにもなっていない本シリーズは、1982年公開の1作目から、28年を経て2010年に2作目が出現して、更にそこから15年の間隔を置いて3作目の本作が完成と、企画会議でボツにされて、長い事幽閉の憂き目に合わされるもその間にライフフォースを高めてプログラム復元して世に現われる。おおよそ、かわいさと束の間の感動を広い世代に約束するD社の作品群とは相いれない、「鬼っ子」なシリーズなのであった。

それは、ひとえに82年公開の1作目が見た者に与えたインパクトの次の世代への「継承」の連鎖のたまもの。今や、動物の毛の一本一本まで再現できるデジタル技法だが。テクニカルなところは詳しくないけれど、カクカクな線画と青赤黄白の単純発光で、もしや恥ずかしさを殺して着込んだと想像するボディースーツに、ライトサイクルの先鋭的なデザインを持って。コンピューターの「中」即ち仮想・電脳世界を、映像と電子音楽を持って可視化を試みた映像に潜む空想への熱量は、1作目公開当時の未来に花咲く作り手達を揺り動かしたのです。

いつかは「トロン」の世界にという事で。84年のオリジナルへの敬意と愛着で作り手やキャストが参じているところに、こちらも愛着と共感から馳せ参じるのだった。

例えば、音楽(劇伴)にしても、1人の作曲家が作ったテーマ曲を以降引き継ぐ訳ではなく。82年当時手掛けた、この後の「午前10時の映画祭」で掛かる「時計じかけのオレンジ」も代表作であるウェンディ・カーロス氏による、当時としては「未来」を感じさせるシンセサイザー劇伴で。その後2作目が、グラミーで載冠されるほど(サントラでの受賞ではない)ポピュラーなダフトパンクが手掛けた。これは、サントラを貰ったのもあって聴き込んだし、それだけ作品を超えて魅力あるサウンドだった。

そして、本作が、これまで、非SF作で数々の実績を積みオスカーまで取っているトレント・レズナーとアティカス・ロスが、二人の居場所であるバンド「ナイン・インチ・ネイルズ」名義で担当して。クライマックス近くでは、低重音で緊迫感を煽る。作品ごとに違うカラーを出しつつも、見えない電脳世界をサウンドによって表現するという84年作品の精神を受け継いでいて。

84年と云えば、「ブレードランナー」も公開された、このジャンルのエピックイヤー。そこに出て来る飛行する自動車スピナーと、本シリーズのライトサイクルをデザインしたのがシド・ミード氏です。この「アレス」は、過去2作が、PCの中でのストーリーだったのが、電脳世界から現実世界にプログラムが実体化して現れる趣旨で、ライトサイクルが公道を疾走する。

これまでの2作は、正しい側のプログラム主体で描かれたけれど。本作はライバル社側のプログラムが主体となるのもあって走った後の軌跡が、青色から赤色に変わって。現実の道路をチェイスで縫って行く後に、レッドの軌跡が残る様は美しく。過去作の閉じられた世界の映像とは趣が変わって、解放感とこれまでとは別のスケール感を目の当たりにする。

その中で、サイクル運転中に車を避けるのに、ブレーキを掛けるのだけれど。画面奥へ機体ごと動いて停まる。この前ハリウッドでの実写化が断念された「AKIRA」だったけれど、金田バイクのスライドブレーキ描写が、まさか本作で見られるなんて。

もう、テキストになりつつあるバイクシーンの描き方なのですが。大友克洋の影響力も、流石だなぁとこの時は思うも。漫画「AKIRA」が発表されたのは、「トロン」1作目の後で。金田バイクのデザインは、ライトサイクルの影響もあったとか。改めて84年作品のインパクトと、各界で互いに刺激しあっているのだなと、「イマジネーション」の伝播がグローバルに広がっているのを納得させられました。

本作の話は、過去2作のゲーム開発をしたエンコム社のライバル社ディリンジャー社の3代目のボンクラ息子社長が、軍事産業にも手を出し戦闘AIであるアレスを開発して。現実社会の実体化されたアレスを演じるのがジャレッド・レトさんです。電脳世界で、過去データを学習して最強戦士と称される程の蓄積を持っているのだけれど、実体化には29分という「限界」がある。倒されても、幾らでも再生は効くものの、活動時間短いのが兵器としてネックなのだが。

その「限界」を取っ払う「永続コード」が、ライバル社のエンコムのデータベースの中にあって。それを現女性CEОである、「パストライブス」で、夫と初恋の同級生を天稟に計ってしまってからの別次元への転身を実現させたグレター・リーさん演じるイヴが入手したのを察知して、敵対会社の3代目が、アレスらAI兵士らを放ち「永続コード」取得を巡る争いが火ぶたを切る。電脳世界も行き来して、最後は現実のオフィス街が実体化したAI戦士との攻防で、それはもうシッチャカメッチャカ。

その間、アレスは学習ついでにイヴのネット上のデータを総て浴びて来て。共同経営者だった妹を、病で亡くしていて。限りある命と、亡き妹に縛られるイヴから、単なる「演算処理」とは別次元の限りある命の儚さや感情を受け止める心というものに関心を持つ。

その一方で、「永続コード」が開発されたエンコム社の創設当初80年代を学ぶ流れで、当時のカルチャーにも惹かれて。「永続コード」の発明者にしてエンコム社の創設者ケヴィン・フリンであり、そして何より1作目からの出演者にして、Mr.トロンとも崇められる存在のジェフ・ブリッジェスとジャレッド・レトが対話する場面があって。

その前に、プログラム世界を移動する際に、アレスは1作目のライトサイクルに搭乗するのだけど、「傑作だ」と感嘆して。更にケヴィンとの会話で、アレスは、80年代カルチャーに触れて、当時のエレクトリックバンドであるディペッシュモードの曲「Just Can't Get Enough」(足りなくて、もっと知りたい的な和訳)が気に入ったと伝える。

1作目から仙人的な風貌となったケヴィンが、アレスの先の話に「興味深い」としたうえで、「永続コード」が、実は、いつか寿命を迎える「非永続コード」なんだと伝える。コンピューターが起動し続ける限り、データを貪って肥大化するだけのAIなのだけれど。それこそ、何時かヒトを支配しかねない畏怖を抱くところ、命の限り間に自己探求や実現の為にそれを費やす人間の在り様を知って欲しいという、届くか判らぬ願いをこめた感じも明け取れて。1作目へのリスペクトに合わせて、当時よりはるかに進むテクノロジーへの危惧も読み取れたりします。

ただ、プログラムを人格化して見せる故に、人間との深い交流にはならないからか。見ている間は、滞りなく流れていく分、感情への訴えが弱くなるからなのか、見てから時間が経つと印象が弱まってしまうのが難かもしれない。

これを書くにあたって、他の方の紹介と感想を読んだのですが。実は、過去作との繋がりが提示されているのだとか。劇中に、2作目の戦うヒロインとして麗しかったオリビア・ワイルド嬢のスナップもチラっと写っていたのには目が留まったものの。目前の展開に食い入ってしまっていて、全く結び付いてなかったのでした。なので、遡っての考察し甲斐があるようです。短く書くつもりが、こんナンなってしまった。

3作目も、次作への「とっかかり」を幾つか残していて。1作目と同様、興行成績が良くないらしく、更なる続編が実現されるのか微妙ではありますが。伝統を壊さない作り込まれた映像は、敷居の低さもあって、配信、円盤とかスクリーン以外のメディアでも直ぐに浸れるのは間違いないです。

拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。 シネプラザサントムーンシアター��にて(3D 吹替え版)

↓「劇伴」を語るテイで、本文に書かれた要素が散りばめられたビハインド映像
https://www.youtube.com/watch?v=IZbNCnt0BFg


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