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2025年10月13日22:46

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「ワン・バトル・アフター・アナザー」を見て。〜浄化す「べき」をかざして、力ある奴らが抹殺迫る中、ダメ父でも居「られる」生活のための抵抗は引き継がれる〜

結果、本編を見た方にしか判らない所感のサブタイトルを掲げたけど。劇中の会話で原題マンマのカタカナ表記の邦題が「(革命のための)闘争また闘争」と判っても、下世話なオフビートコメディでありつつ、ただの見せ場では無いストーリー展開に乗っかってスリルと感情移入をもって久々にのめり込めたカーチェイスの果てに露わとなる、父と娘の世代を繋ぐ胸にしみる家族ドラマにして、底辺で生きる親子二人と追う者達の対比から、選民至上思考によって、規定を外れた者の「自由」や「生存権」を踏みにじり追いやる社会情勢を照らす。今の風潮に「モノ申す」姿勢が、エンタテインメント色の強い作品にあって、作り手の気骨を感じさせて。それを何とか伝わるように表現したかったですが、コピーライターにはなれそうもないですな。

見る前に触れた「紹介文」には、デカプリオさんの役柄が(元)革命家のボブとあって。生活の地を求めて越境してきた難民を捕らえた居留場に急襲を仕掛けて、囚われた彼らを開放する為に活動する武闘グループに、ひときわ好戦的でかつ「死」と隣り合わせの闘争中にあって、身も心も求める気持ちが高まってしまうリーダー格の女性ベルフィディアが居て。ボブも、政治信条があってというよりも、犯行のスリルの堪能と、アナーキーな組織内での乱れた関係を求めるだとか本能が優先して。それを見透かしたかベルフィディアも、彼と欲望を開放させる。

その一方で、難民を取り締まる部署の長でありながら、居留地に踏み込んで来た異人種であるベルフィディアの引き締まったスタイルに魅入られた、ショーン・ペンさん演じるロックショーが、見た目冷血な軍人で「白人至上主義」のグループ入りを熱望しながらも、異人種交配への欲から彼女に迫る。加虐嗜好の強い彼女にとって、被虐的なロックショーとの相性が一致して。事ある度にロックショーは、彼女に付きまとうという、ある意味、三角関係なのだけれど。先に書いたカーチェイスは、まだ、ずっと後なのだが。軽く「R-15」を冠されても良い内容なのに、「そのもの」は見せず。けれども、わい雑感は充分現れて。

長尺なところ、巧い事見せにくいものも含めて飽きさせず見守るも、「思っていた作品と違う」のではと過って来るところ、逮捕されて保護プログラム下に置かれていたベルフィディアが、仲間を捨てて国外逃亡したところで第二幕となる。

三角関係の頂点が外れて、ボブは、突然、親の「自覚」が降りて来たのか、ベルフィディアが出産して間もない娘ウィラと共に逃亡し組織と距離を置き。片や、ロックショーは、表の組織で地位を固め、「至上主義」グループ入りを果たして、男たちの間には「空白期間」が生じる。

数十年を経て、本作で頭角して来たチェイス・インフィニティさん扮する高校生となったウィラとボブは、山奥の一軒家に慎ましく暮らしていたのだが。組織がかりで、場所を突き止めたロックショーは、ウィラの身柄確保へ異様に執着をみせて、娘の身を案じたボブは、長年の隠遁生活ですっかりなまり切ってしまって、組織との間に設けた身分確認の「お約束」もきれいさっぱり忘れてしまい。娘にたしなませている護身術を教える道場の師範であり、移民街の顔役的存在でもある、ベニチオ・デル・トロさんが飄々として画面上に映える、通称センセイを頼りつつ、ウィラを護るべく奔走して。

妻も居なくて、よく育児が出来たなと疑念が拭えず。みるからに活動家としてはキレの悪いダメ父ボブに対して、経済的にも過去故に人目を避ける制限された生活の中、父の分も私がシッカリしなきゃと、聡明に育ったウィラ。企みを遂行すべくロックショーの厳しい追跡下にあって、センセイとのやり取りも含めて、逞しい父親像とはかけ離れるボブには、可笑しみが纏わりついて。片や、「理由」を知り得る事のない状況下で、救援もあてに出来ず身に迫る危険から、逃げ延びなくてはならないウィラからは、恐怖感由来のサスペンスが溢れて。八方ふさがりの中、頭を振り絞り怖さを振り払って格闘するのを体現するチェイスさんは、ベテラン勢のなか目に留まりました。

そういった、登場人物の心情が折り重なったクライマックスのチェイス場面は、ロケ地の荒涼とした土地にあって、高低差が激しい上下線それぞれ一車線の一本道を、高速で飛ばすから見ているこちらの目線も、進行方向に固定されるうえに、上がり下がりを強いられるので運転者の緊張感が迫って来る。

ロックショーらが囚われているのが、単一の人種で占有される「浄化」された世界で。ダメなボブと、賢いハーフのウィラは、似ても似つかない二人ではあるけれど、「親子」である事は揺るぎなかった。米国の政局が、ここまで酷くなるとは見通せなかった頃に企画された本作で、ネジの緩んだ指導者が、敵対する者を「左の過激派」呼ばわりする中、まさに過激派を話に据えて、しかも移民者と取り締まり当局も取り上げて。現在の体制からの矢面に晒される作品発表となったけれど。オフビート劇の「出汁」というか、マクガフィン的な「過激派」設定であり、活動を称賛している様には見えず。エピローグで見せる、「活動」を引き継ぐかの颯爽とした「姿」は、ダメと見做される奴でも、「生き方」や「自由」を求める心は、引き継がれ死なないという思いが込められていて。見ているこちらも、背筋を正したのでした。


拙文にお付き合い頂き、ありがとうございます。
シネプラザサントムーン シアター9にて

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