mixiユーザー(id:20808806)

2025年08月10日22:29

290 view

「長崎 閃光の影で」を見て。〜底無しの絶望的無力感は、青春ならではの大人の階段なんて容認された成長認識をあっけなく吹っ飛ばす、深く心をえぐる原爆が禍根だから〜

第二次世界大戦から80年が経過して戦争を語る作品が幾つか公開されますが、以前から多く語られている兵士ではなく、「銃後」に控えた市井の人達にスポットがあたる本作を選択。

偶然にも長崎が舞台となる作品鑑賞が続く事になりましたが、当然、1945年8月9日の原爆投下は、避けられず。1980年に出版された看護師たちの手記を集めた「閃光の影で」を下敷きにして、年頃では、高校生ぐらいにあたる看護学生田中スミ、大野アツ子、岩永ミサヲの三人が、その日何が起こったのか理解する間など全くなかった、つい、さっきまでの街並みが、閃光と共に焼失して、緊急の救護施設に運び込まれる焼きただれた怪我人の処置に追われるだけで、「怪我や病気に苦しむ人達に寄り添う看護」とか看護の道を選んだ志しなんか一蹴される目を覆いたくなる夥しい重傷者の処置に追われた数日間が描かれる。

医療が整って戦火を逃れている病院に担ぎ込まれる訳では無く、焼け残った学校らしい辛うじて残った建物の床に敷いた筵(むしろ)に、苦痛でうめく辛うじて人として体をとどめている人たちを寝かしただけで。まだ、正式な看護婦でもないスミら3人は、傷口にたかるウジを取り除くとか、正視に堪えない処置だけで手いっぱい。患者は渇きから水を求めるも、生理反応から怪我を酷くするため与える事も出来ず、経験浅い彼女らは呵責にさいなまれ。満足な治療も出来ないから被爆からの回復など殆ど叶わないので、看護の甲斐など現われる事なく処置にあたった骸を荼毘に付す事となり、懸命な献身も全く報われず。

「いったい、何のために救護にあたっているのか」あまりの惨状に絶望し無力さに押しつぶされても不思議はない。製作の予算の都合とスミら三人の原爆投下後のあってはならなかった状況下の思春期を描く意図でもって、映倫のレイティングも誰でも見られる「G」なので、リアルな投下後の描写にはなっていないので、見識を広げる為にお子さんを連れて行っても大丈夫です。

救護施設に担ぎ込まれた怪我人の中に、爆風でガラスが目に刺さって見えない妊婦が居て。
手厚い看護が出来ないながら出産を果たすも母親は他界して、産まれた男の子は郊外の孤児院に引き取られる。以前、本作の製作者が係わった広島原爆投下の前日を描いた「TOMORROW 明日」では看護婦役だったらしい南果歩さんが、孤児院の施設長役で。終戦後、男の子の様子をひと目伺いに訪ねたスミ役の菊池日菜子さんを、大まかな記憶ですが「生きて、こうして居られるだけで、あなたは大丈夫」と、何も出来なかったと打ちひしがれている彼女を肯定する描写へと導いて。年頃の社会人に成り立ての子が、挫折から学んで壁を乗り越えるって、普通の成長段階を踏めなかった異常事態は、これっきしにしなくてはいけない事も示しております。

長崎が舞台と云う事で、ミサヲは、父と二人家族のキリシタンで。アツ子は、原爆で家族全員を亡くしてしまって。スミを含んだ三人で、リヤカーを引いて市中を巡回する際に、敵国の行為を「許す」「許さない」の話が起こって。当然アツ子の胸の内は、敵国への憎しみで一杯です。対するミサヲは、キリスト教そして、父の話もあって、悔い改める者は許さなくてはと信条から口をついて、対立となる。この土地の歴史的背景もあっての見識を示す場面であり、彼女の年頃なりのぶつかり合い。

作品は、スミを想っている勝クンとの逃避行的騒動があったり、お父さんが軍人で、バキバキ国寄り婦長が敗戦と同時に駐留米国軍人になびいたり、恋愛事やオトナの付き合いみたいなものを意識させるし。社会に出てどう生きるべきか、戦時下の思春期を生きる3人の姿を通して「銃後」の生活を描いていて、反戦・反核はもちろん主題ではあるけれど、大人への通過時期にも思いを馳せる事となる。

長崎出身の福山雅治さんも、本作にからんでいて。被爆した後も残っているクスノキをテーマにした自身の歌を、出演者女性三人に役名であらためて歌ってもらって、エンドタイトルで流れるけれど。3人の物語を飾る意味で、大林監督作品のカーテンコール式に、歌う姿も流せなかったかなとも思ったりして。

それと、気難しいと思われても仕方が無いのだけれど。先にも書きましたが、戦時中の話なので、当時走っていただろうバスだとか確保するのも大変だっただろうけれど。当時に近い街並みを探すのも大変なのは判るけれど、近所同士のアツ子の生家とスミの生家に続く脇道がコンクリートで固められているとか、焼け野原の市街地の全体像もワンカットでも見せられたらと。これは、予算の制約と想像しますが。

あと、長年映画を見て来たもので。当然、戦後生まれではありますので、戦中の人達を目の当たりにする訳もなく。これまでは、自分よりも年上の演者を見ていたので、その方の方が描く年代にも近いし、これも予算も絡むけれど「役作り」に費やす時間もあったからか、時代背景と合っていた様に映りましたが。ちよっと、戦中の追い込まれた時期にしては、演者全般、ふくよかかなぁと。

終盤に、この手記を書いた一人である山下フジヱさんの今のお姿が映って、総ての説得力を担ってしまうもので。あと、どうでも良い余談ですが、赤い彗星のあの方の声を発せられる池田秀一さんが、何十年ぶりの実写出演で、お姿が拝めます。

拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
シネプラザサントムーン シアター�,砲�

3 6

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2025年08月>
日 月 火 水 木 金 土
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31