まず記録しておくことひとつ二つ
新型コロナが流行って国中が混乱していること、学校は休校騒ぎでドタバタ、学校に行く側もあたふたしている、そんな中で卒業式のニュースがサラッと流れていた
風邪ひいてましてバレンタインデーにお医者さんに駆け込んでからずっとゴホゴホと咳をしています、少しマシになってきたかな
送辞と答辞という言葉がラジオの投書の話から聞こえてきた
掃除ではなく送辞だった
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昨今上級生と下級生のふれあいによる人間形成の味のある効果が見えにくい
信号のない横断歩道を渡る時であっても上級生が下級生を見守るとかお兄ちゃんお姉ちゃんの視線で導く、手本を示すというチャンスが減っているのではなかろうか
校庭での遊びにおいても、ちょっとしたトラブルなどの解決に上級生が裁定を下したり、自分の兄弟や友だちを守るべく味方をしたりするような、小さな社会の見本が昔のようにきちんと暖かく行き届いているのだろうか
弱々しくて自信のなかった新人時代に暖かい目で暖かい手を差し伸べられることはかけがえのない教訓である
そういう日々の積み重ねの後に春のこの時期を迎えて送辞である
答辞よりもちょっと着目したいなと思う
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卒業式はコロナの影響を受けて縮小化され、保護者と子どもたちと先生だけで行うところが多いようで、送辞は読まれることもなく、読む側からするとお礼の気持ちを言葉にすることもなく春を終えてしまうところも多くなりそうだ
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所詮 儀式なのだよ と言ってしまえばおしまいである
心は言葉に
言葉は態度に
態度は熱意に
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考えてみれば
卒業式ってもう半世紀も昔になるのやねえ
(ここで一息ついて美味い酒でも飲みながら昔を偲ぶのもよかろうなあ)
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