夏休みにおこなう2時間程度の子供向けの講座で、「お天気」と「環境」をテーマにして誰かやってくれないかという話が出た。視線が私に集中したので受け持つことにした。テキストも筋書きもまだ無い。
さて、どんなことを話して子供たちに未来の設計を任せようか。
(中略)
先日、空を見上げる話を書いたら、予想以上にたくさんのコメントを戴いた。
みなさん>ありがとう
人はひとりになって、例えば深夜に日記をつけるときに、その日に見上げた空の色を思い出すのだろう。仕事を終えて家路を急ぐときに真っ赤な夕焼けが見えたら思わず立ち止まってしまうのだろう。事実、昔、ある夏の夕暮れに西武池袋線・江古田駅で、連絡通路に上がる階段がやけに混雑しており人を掻き分け昇ってみたら奥武蔵の方角に沈まんとする真っ赤な太陽を我も見ようとして立ち止まる人が溢れていた…ということがありました。
自然を大事にしなくてはならないなんて当然だが、タイムマシンに乗って石器時代の生活に逆戻りはできないのだから、大気汚染や環境変化の理屈を話ながらも地団駄が続く。
美しい空を、子供のときに眺めたことがあったからこそ真っ赤な夕焼けに感動できる。あのときにホンモノと出会えたことで、その後の変化に気づくことができる。つまりその「気づき」がすべての始まりであり基本なのだ。
そういうモノに心を動かすだけの純粋さや熱情、子供心を失くさないで…と、自然を見つめる心を育てる教育とはどんなものだ…という方向へと想いは脱線してゆく。どうしたら、もっともっとホンモノを伝えられるのか。
全篇;
http://bike-tourist.air-nifty.com/hiroka/2005/05/2_4dd7.html
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