弱虫も啓蟄過ぎて顔を出す ─ 三月お水取りのころ
桜吹雪が谷から吹き上げてくるころ、吉野の奥千本を訪ねたことがある。
一人で佇むには最適の場所だった。
杣道に踏み込むと西行の句碑があった。
ちょうど、大河ドラマに西行が登場して
懐かしい吉野の山を思い出す。
桜のころに一度、赤ん坊だった娘を連れて花見に出かけたことがあった。
わずか20年ほど前であるだけなのに、今のようにモノゴトに過剰に人々が反応するようなこともない穏やかな時代だった。
誰かがダッシュをしたら出遅れてはいけない、とか
勝ち負けに必死に目を凝らして、常に勝ちの方角ばかりを見ているような風潮とか
そのようなものはなく
比較的のんびりと、していたように思う。
しかし、やがて、人々は簡単なものやそれなりのお金や努力で確実に手に入り易いものに、抜け目なく手を出す風潮が現われ始め、その情報を付加価値をつけて売り物にする社会が出来上がってゆく。
新自由主義という便利な言葉ができて、人々は幻想の幸せを手にして、回復もしない経済の蘇りに夢を棄てない。
今もそのままだ。
その幻想が、鬱憤を晴らすかのように、一見正しそうな政治改革に走ってゆく。
最たるものが、減税であり公務員の改革だ。
間違いなくこの間違った選択で自分たちの生きる社会は瓦解する。
それでも、ヒトは自分の幸せだけを追うことをやめないだろう。

3月12日 (月)
三月は弥生という。
人の名前にも使われるやさしい響き。
ぬくもりが広がるのが分かる。
▼坂道を登って通うのこの春から
▼弱虫も啓蟄過ぎて顔を出す
▼ため息を手紙に添えて罪深く

3月13日 (火)
少し温かかったのだが、今週は再びコートを出すことにした。
このころの寒さが一番好きかも知れない。
それは、三月という時節の持つ歓びもあるのかも知れないものの、寒かった日を今は許すのだ。
山の端が少し白いか。
布引の山も最後の白き肌。
子どものころにおとうちゃんと炭焼き小屋の中に入ったあの温もりを思い出した。
列車の暖房がお尻にほんわか。
▼炭焼きのしたくを呼ぶや父の声
▼炭焼きの小屋の温もり春とおし
▼手のひらの汚れて温き炭焼き小屋
▼錆び付いたネジそのままにして蓋をする
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