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2008年03月16日13:17

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レジ袋考

京都日記は、また別に書きますが、用事で別宅に行っておりました。
ジャスコでレジ袋を受け取る人は、皆無に等しくなりました。
エコバック政策としては一応の成功と言えましょうが、なんだか悶々としたものを感じざるを得ない。

確かに本を買ってもカバーをつけますか?(いいえ) 袋に入れますか?(いいえ) ではレシートをお持ちくださいね、と言う対話は今まで無かったことだから大いなる進展だ。しかし一方で、百貨店の空調は過剰だし、音楽や照明は営業のためとはいえ、顔をしかめたいほどのところもある。もっと、地味でもいいんじゃないか。これだけ地球温暖化でバカ騒ぎしているのに。
と、そんな、ジジイの小言のようなことを思いながら、若者の町OPAを散策していたりする。

以下、京都日記へ。

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レジ袋考察

レジ袋の削減が、予想以上に速いスピードで定着しつつある。
その一方で、何故、レジ袋が目の敵になったのかが、大いに忘れ去られつつある。

レジ袋は、かつて、長い歴史を辿っても素晴らしい発明であったはずだ。人間(ヒト)の知恵の素晴らしさを称えることは必要だろう。しかし、限りある石油資源の枯渇が目前に見えてきたこと、ヒトの暮らしの中で便利さを追求する副産物として、二酸化炭素の排出量が地球の温暖化に大きな影響を及ぼしていることなどから、目の敵になったわけですね。

ヒトは無駄なことをして二酸化炭素を排出する。しからば、その無駄をやめることが必要だという論理です。

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「辛い思いをしないで、または、さほど苦労しないで私たちの暮らしの中でちょっとした工夫を重ねれば、地球温暖化を防止するのに役立てるんだよ。」

そんな意味の宣伝や標語、キャッチコピーがあるが、明らかに生温い。


改訂版提案。

私たちの暮らしは、もはや、大きく地球温暖化に向かって加速するようなことたくさんしているんだよ。

自動車に乗ること、深夜にテレビを見たり、灯かりをつけたりしていること。

こういうことは、ヒトの本来の暮らしを考えたときに、レジ袋どころじゃないほどの無駄をしているんだ。

だから自動車に乗ることや乗らねばならないときは、排気ガスの少ない車に乗る工夫をしたほうがいいね。大きな車は快適なんだけど、快適さを辛抱したり少し不便をしても我慢をするべき時代だと言えると思うよ。
深夜までテレビを見たりして楽しい暮らしだってやりたい気持ちは分かるけど、見直さなきゃいけないの。

こういうことを、社会全体でやることが、レジ袋を削減することよりも遥かに本質を見据えた大いなるアクションなんだ。

世の中を変えてゆくことは、私たちが痛みを我慢して、お互いが一丸となって暮らしを改善することなんだ。

レジ袋って…
行政指定のゴミ袋として使えるように設計しなおして、指定ゴミ袋価格で(環境税なども加算して)堂々と販売すればいいのに…
とふと思った。考察する価値はあるかも。
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