本作を見て、まずは自身の1950年代からの世界史や地政学の知識の乏しさを痛感した。植民地の独立による東西冷戦や鉱物利権が絡む元領主国が実行力を残すべく自治体制の維持と現地民による自治意思の対立に、アフリカ、アジアの新規独立国をあらたな構成員として、東西の主要国家の精力的な陣営組入の働きかけ。その際にアメリカでの人種差別に端を発する公民権運動をネガティブキャンペーンとして用いるソビエトのフルシチョフに対抗して、当時の米国大統領アイゼンハワーは、有色人種にも開かれていることを新興国にアピールすべく「ジャズ大使」としてルイ・アームストロング氏らを派遣していた事など、全く知り得ておりませんでした。
扱うテーマは毛色違いの「ヌーヴェル・ヴァーグ」では、実在する著名人に容姿的にも雰囲気の近い演者を用意してましたが。ドキュメンタリー映画の本作は、当然、数多の素材から抽出された本人映像を使用しており。物申す運動家の筆頭として、引用されるマルコムX氏も、デンゼル・ワシントンさんとは違ってシャープだし。国連出席にあたって宿泊場所が確保できず面倒を見たキューバ革命の中心人物カストロ氏からお礼の表敬訪問を受けた際に二人が相並んだ画を見ていると、その時代の「うねり」を目撃した気分にもなる。
当時の政治家や運動家に作家の著名人の言動映像を集めて前述した「時代」を浮彫にするのだが。その中で焦点が当てられるのはベルギー領から独立後に初代首相となったパトリス・ルムンバ氏が、独立に当たっての主権移管を巡って活動発言を増す事による治安の不安定化からルムンバ氏の殺害という不条理な結末を迎えたコンゴ動乱である。この辺りについて、ダイレクトに現地動向に絞るのではなく、何故、現地民族の主権が発揮されないかをベルギー出身でドキュメンタリー作品監督のヨハン・グリモンプレ氏は、全世界的な動き、裏の利権の仕組みが、現代においても中東でのアラブ諸国への軍事侵略のよる被害を止める国際的機関が、組織の体をなしていても内部駆け引きによって無力であり、表層的な「政治舞台」でしか無い事を半世紀前の事実と照らし合わせる。
中でも、それぞれ「まっとうな意見」を主張するも「体制の意に沿わない」がために、コミュニストとか扇動者とかレッテルを貼られている事に対して、コメントを求められるルムンバ首相やマルコムX氏が、困惑している様子も構成に入っていて。現代の民主主義社会の盟主である国家において、法治国家における自由主義を担ってきた政党にも関わらず、政敵である事から反分子的に決めつけて国家を分断する指導者のやり口が透けて見えます。
コンゴ動乱と並んで本作の重要ピースとして組み込まれるのは、当時全盛のレジェンドジャズアーティストの演奏場面を提示する事案に合わせた選曲で見せて。植民地の動静に発する世界的情勢を説く事と併行して、世の動きとは無関係に写るジャズシーンをタイトルに示される様に「サウンドトラック」として織り込むことも主眼となっている。
本編で人物紹介の際、大概が白黒画像でその上に名前が表示される際のシャレた字体に色味も入って意匠が籠っていて。ジャズレーベルのブルーノートで発売されているレコードジャケット風に画面登場が映えている。動く本人を見たのは「真夏の夜のジャズ」だったけど、セロニアス・モンクがピアノに向かう姿がまた拝めたのが嬉しい。曲は聴いた事のない「ジャスト・ア・ジゴロ」だった。それって、80年になって、D.リー・ロスがカバーで取り上げてた歌のモトネタなのか。
同じく、ジャズミュージシャンのデジー・ガレスピーが、大統領候補として立候補を考えていたのも本作で組み込まれていた、使用曲の「vote Dizzy(デジーに投票)」は、本編での創作かと本編で目にした時は創造かと思ったけど。一時まで、政界進出を考えていたと、見終わって検索して確認したりして。ひたすら、自身の「音」の創造だけに向き合うのが当時のアーティストかと決めつけていた偏見に補正もかけて頂きました。
映画ニュースサイトの本作紹介によると、コンゴ動乱からの悲劇的結末となったルムンバ首相の殺害に抗議して、ジャズドラマーのマックス・ローチとジャズ歌手のアビー・リンカーンが抗議の為に、開催中の国連議会に乗り込んでの抗議行動が詳細に紹介されていて。
映像で、それが見られるかと客席で期待していたのですが。実際には、議場が、「騒然」とする様子が「引きの画」で収められていて。事前の情報収集で想像を膨らませていた私が悪かったのですけれどね。でも、国連殴り込み前に挿入されたアビー嬢の「怒り」をむき出しにしたかのボーカルは、突き刺さりました。「現状にこまねいているだけで、いいの?」と責め立てられる感じに。
数々のその時代を代表する花形ジャズプレイヤーが紹介される中際立たされるのは、「ジャズ大使」に任命されて、アメリカ自由社会のセールスマンに仕立てられたルイ・アームストロングの顛末です。当初は、命じられた通り、自身のルーツであるアフリカ諸国に出向いてジャズを通して、開かれた国アメリカを誇示して巡業している様子が紹介されるのですが。
「コンゴ動乱」によるルムンバ首相の死を知って、「大使」を辞すと同時に彼は国籍を変更したと本編では告げられました。音楽を信じて打ち込んで来たのに、そこで表現する「自由」とは相反する行動の成果に対してのプライドが、彼を責め立てたのだなと想像されます。ルイ・アームストロングさんといえば、ボーカルを取った「ホワット・ア・ワンダフルワールド」が、幾つもの作品で引用されて。その歌の力が、引用された作品場面を引き立ててましたが。そんな彼が、政治利用されて、苦渋の判断を下した事も本作で知ることとなって。
自分の無知で、本編総て理解したとは言い難いのですが。それでも、知的なうえに、画面デザインに構成にアイデアが尽くされていて、見る価値は十分に高く。そして、原題では、「クーデターのサウンドトラック」となるところを、「叛逆」と、使い慣れない漢字をあえて持ってきた邦題は、ルイ・アームストロングにシャウトが突き刺さった、アビー嬢らの止むに止まれず起こした際の表現者個人の心境を汲み取ったかのニュアンスが感じられて。近年、邦題について褒めることがないのですが、めずらしくも「出色」でありました。
拙文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
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