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2026年03月15日23:29

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「木挽町のあだ討ち」〜仇討ち美談を追えば、江戸の芝居屋の粋な心意気に唸る〜

「仮名手本忠臣蔵」の千秋楽が終わった木挽町の歌舞伎小屋「森田座」の外は、演目に相応しく降る雪が地表を覆っていた。家路に着く客の番傘が咲き揃う花の様に折り重なるのを割く様に、群衆を掻き分け急ぎ進む鮮やかな赤い打掛を纏った人影。

その華奢で整った小顔もあって女人を思わせるその者は、雑踏を闊歩する粗暴を絵に描いたような博徒を芝居小屋脇の空き地へと追い込む。好色そうな顔つきで、追って来た者の帯をコマの糸の様に引き切って打掛を剥ぎ取ると現れたのは、白装束に身を包んだ美濃遠山藩士の伊納菊之助で、追い詰めた博徒は菊之助の父清左衛門を殺め逃亡した元下男の作兵衛であった。

ガタイと場数に開きがある対峙であったが、小柄な体の丈に合った短い脇差しを巧みに使い、多くの衆目の元で菊之助は父の無念を果たす。以来、江戸の街では「木挽き町のあだ討ち」として語り草となる。

その出来事の1年半後の木挽町に、元遠山藩士で菊之助の知り合いを名乗る加瀬総一郎が「森田座」を遠路訪ねて来て。美談として伝わるあだ討ちを菊之助が成し遂げたのが腑に落ちないとして仇討ちを知る歌舞伎小屋で働く者達に「真相」を訊き回るミステリーが本作の大構えになるのだが。多くの字数を尽くして先に書いた映画の観客にも目撃者として一部始終をお披露目する際の舞台表現をなぞる様式美に惹かれる。

加瀬の聞き込みの中で、森田座を筆頭に木挽町界隈の芝居小屋の事を「戯場国」と謳われると教えられる。座付作家が練った戯曲、つまりお芝居の台本を来場者に楽しんで貰う為に、演者や演出家は勿論、舞台装置とか小道具、衣装を作る職人に、振付師も居て、小屋の大通りを行く通行人を引き寄せる広報的役割の口上係の大所帯を養いつつ、芝居で多くの観客を楽しませたい気概の元小屋に集う者達の芝居文化をけん引する、心意気や誇りを「戯場国」と云う初めて耳にした言葉が現しているようで、真っすぐに鼓膜に刺さる。

そして、それを視覚で見せる東映京都撮影所の長年の製作で培われたセット美術に見事に表現されていて。視覚からも芝居芸能の様式美が入り込んで来て、見ているこちらも江戸町民になったかの様に心を持っていかれます。

舞台の吉良邸へと繋がる花道を進む赤穂浪士に扮した演者たちへ、その脇のマス席や二階席から熱く視線を投げかけるお客達。多分、原作本に書かれている以上に当時の芝居小屋場内の盛り上がりを目前に広がる光景として瞬時に体感できる映像の優位を実感。一方で、上り舞台の奈落はじめ観客の目線には入らない芝居小屋の裏側の作りに、証言から伺える殺陣の手本となる武術の型や太刀の種類に、舞台映えを狙った煌びやかな着物に、ライティングや出血とか当時ならではの演出効果の開示も撮影所のノウハウが活かされて作品魅力の核でした。

余談が、止まりませんが。「森田座」の指令室でもある立作者の部屋に、そこの主である篠田金治が鎮座する目前に設えた置炉には、茶の葉を炒って急須で淹れて自ら飲んだり客人に振る舞ったりする茶器一式があって。話をしながらそれらを使って支度する動作にはその間、思慮を巡らせている風にも取れて部屋主の知的要素を際立たせる小道具としても特に目に付きました。それと、あえて自身の腹を満たすためにその時を狙って加瀬は聴き取り相手の元を訪ねるのか、庶民らしく慎ましい品々なのだけれど、出て来る「食事」も美味しそうで、今年の映像に出て来る消えモノ大賞にノミネート決定です。

「国宝」では、伝統芸能の継承者である歌舞伎役者役で、この前の大河ドラマ「べらぼう」では実在の幕府側の偉人役ではありましたが、隆盛を極めた江戸文化の後ろ盾的存在を演じた世界の渡辺謙さんが、森田座の頂点に立つ篠田金治に扮して芝居世界に集う者達が発揮する様式美とその裏のさり気なくも暖かい心情を統べる。対する、疑いを投げかける本来なら歓迎されざるよそ者でありながらも、秘められた硬い意志を悟らせない様に相手の心のすき間に忍び入る加瀬に扮した柄本佑さんの消え飛ぶ事のない「軽さ」は、仇討ちの真相を見るものに体感させる目線役として、見事にマッチしていましたし。

強引かもしれませんが「ブゴニア」の様に、置かれた状況に応じて望まれる人物としてそこに居た様に、見た目通りの人物像なのだなと思い込んでその方を見守っていたのですけれど。終盤に至るとその思い込みを覆されると同時に、露わになるその当人と支えた人達の心情に、こちらもほだされてしまって「ブゴニア」でのインパクトとは全く違ったものが受け止められて。演じられた当人の出演歴に於いても、得難い役柄だったのではと想像します。

元「女形」は、その中に居ますが。男揃いのキャストに在って、出番は少ないけれど、長年の勤務からこの前解放された前科捜研の女だった沢口靖子さんが、白衣を捨てて和装姿で現れて。酸いも甘いも過去に経験された伊納家に嫁いだ「たえ」に扮されていて。見慣れた姿格好と違った歳相応の落ち着きでしっとりとされた容姿が見られて新鮮でした。エンドタイトル文字で目に入った歌舞伎役者に扮していた本田博太郎さんをハッキリと認識出来なかったのは、こっちの落度で残念。

映像作品として、撮影所の長い歴史に培われた実績が開花した見栄えに演者の力量の調和にミステリーを紐解いて行く展開が加わって、目とあたまを楽しませてくれるのだけれど。
「森田座」が、過去に傷もつ人たちが集う場所で。加瀬の聴取対象者である、殺陣の振り付け担当の滝藤賢一さん扮する相良与三郎も、元は道場の師範代で後継ぎと目された侍であって。行き付けの飲み屋の看板娘である愛希れいかさん扮するお三津と睦まじい間柄のところ、加瀬が介在してその関係にクスグリを入れられる場面に和ませられるのですが。本来、武家の男と町人の女性が恋仲になるのはあり得ません。「森田座」に属する者達を介して、江戸時代だからこその身分制や人権の扱いに付き当たる。

本編で、冒頭に見せられますが、「あだ討ち」を成立させるにあたっては、越えるのに過酷過ぎる「壁」があって。「そんな業を、負わす訳には行かない」と、社会の仕組みと不条理に背を向けたハミダシ者が、得意とする範疇の流儀で、向こう見ずに反抗の行動を起こすのではなく、市井の観客をあくまで楽しませる表立てで決して謀反とは気づかせず。でも、根底では体制に盾突きつつ、親愛なる者への庇護も果たすという、粋な心意気にまさか熱くさせられるとは思わなんだ。ただ、心中で快哉をあげるのでした。

拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
シネプラザサントムーン シアター�Δ砲�

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