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2025年11月16日23:29

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「旅と日々」を見て。〜永遠の旅である月日から切り離されたところに身を置いてこそ、その人ならではの原体験が待っている〜

これまで原作者の作品自体は一度も目に触れてないのだけれど。去年の「雨の中の慾情」に続いてのつげ義春映像化作品との邂逅。見て来た作品は、男性主観のうえ人目をはばかる世界観で女性が描かれる体裁でしたが。本作は、監督脚本は男性ながら、女性を中心に据えている分、独特なクセが中和されて、作り手が惹かれたのであろう原作の持ち味の日本ならではの「湿り気」ある執着や囚われた気持ちが、見る人多くの共感を呼ぶようにまで昇華されている。

東京都内在中の韓国人脚本家の李が準備する脚本は、次にある感じのものだった。
海辺のまちを旅行で訪れた夏子が仲間と離れるように独り散策していると、同じく他人の干渉を避けて土地勘が無ければ来ないであろう人目に付かない岸辺で佇む夏男に出くわして、他愛のない話をしながら周辺を二人してふら付く。雲行きが変わって大雨が降りつける翌日、二人は出会った岸辺に約束をした訳でもないのにまた一緒の時間を過ごす。見るからに水温が下がった海で泳ぎ、砂浜に木材で簡素に建てられた雨よけに置かれた椅子に座り、体なんか温まりそうもない、夏男が家からパックに入れて持って来た自家製の蜜豆をスプーンで掬って食す。

李がそんな描写を綴ったホンを沿って撮った映像作品が、大学構内で設けられた作り手とのティーチインで上映される。その直後、スタッフとして登壇した李からは質問する学生が映像に対して拒絶しているのではないのに、「自分には才能がない」と口をついて出てしまった。

そんな事があって暫く、李は思い立って雪が降り積もる山奥の地方へ1人旅に出かける。思い立って出かけたので、既にどこも満室で街中のホテルに泊まれなかった李は、離れた小高い土地にポツンと取り残されたかの宿を紹介されるのだが。そこは、べん造という疲れた中年の山男然とした宿主が独りで切り盛りしているものの。宿泊用の離れ等無く、広い板間の真ん中に囲炉裏を設けた「趣」を超えて、ただ廃れただけのべん造個人の古民家に「お泊り」させて貰う感じで、「宿」とは程遠いものだった。

べん造といえば、お客様をもてなすとか、全く意識のカケラも無く。朴訥そうでいながら、たまに判ったかの様な事を口にする彼と、職業柄興味や観察力が旺盛なうえに国籍が違うから「見過ごす」事の出来ない李の会話は、調子っパズレで噛み合わないながらも、気が置のおけなさも二人の間に生じて。李が「宿がやる気が無いのなら、鯉の養殖でもすれば良い」と口にしたのを受けて、宿泊翌日の夜にべん造は、タモを持たせた李を連れ立って暗く雪深い平野を進む。

李が構想した脚本の映像化パートと李本人の体験に、つげ義春さんの原作をそれぞれ割り当てている。そして夏子を演じているのが、河合優実さんであります。「ナミビアの湖」で、総てを曝け出したところを見ているからか、見知らぬ場所で、一緒にそこに居る以外に知り得ない男とただ歩いたりするだけなのに、勝手に背徳的な予見を走らせてしまって。

2日目に出かける時も、予め水着の上に服を羽織っていましたけれど。あの映像を見ての教授役の佐野史郎さんの第一声「官能的」ってのは、的外れ発言では無く大いに共感。総ては見て無いけど、これまで見て来た幾つかのつげ義春映像化の中では、特にリゾート地とか舞台じゃないのに。そして蜜豆と辺鄙な入江って、日本的情緒や湿っぽさも残しているのに。大袈裟かもですがフランスのエリック・ロメール的なバカンススケッチ的な一連の作品の方向性に入れてもいい様な、これまでの映像化に無かった新鮮味。

「旅」とは、居所だとか社会生活とか生活基盤である日常から切り離された自分が、知らない土地に置かれる事で、「どうしたい」って自身の心や思いに向き合う事が最初に提示される。

脚本家李に扮するシム・ウンギョンさんも、我が国のTVドラマとかにも進出されて、普通に日本の役者さんと変わらないキャリアを積んで、帰化されているかに錯覚しそう。思い返せば「怪しい彼女」で、老婆と若返った姿を器用に演じ分けられて本国に居て見せつけていました。そして、東北訛りに田舎者善とした衣装でもって、ガラっと雰囲気が変わるべん造に扮した堤真一さんとのやり取りは、可笑しかった。彼が劇中、「大笑いさせるのは、本当のコメディじゃない」ってモノ申すのだが、宿での彼女とのやり取りには、つい声にして笑ってしまった。劇場で、そんな事は久しぶり。

雪の夜にべん造に連れられて、李が「体験させられる」一部始終も、宿で見た疑問点の幾つかの解決と相まって、可笑しみが膨れかえるも。結局は、李はとり残されて。勿論、寂しさも有るのだけれど。その一部始終が彼女だけの「原体験」で、その事の分析や受け取り方総てが、彼女の中で生きてゆく。毎日生活を送る中にも勿論「体験」はあれども、特に、それを強く体感できるのが「旅」なのだとしみじみ実感。

旅に出る前、正確に頭に刻めなかったけれど。李さんが「何かを頭や心で受け止めても、言葉にしようとする事に囚われて、何も無かったのと一緒になってしまう」風な事を語るのも、見ているこっちにも覚えのある事で共感もあって。伝統芸能を巡ってのドラマチックな年代記も重厚感も相まって、見応えありましたが。特に、飾らず、「スキマ」も散見されて飛んでっちゃいそうに受け取られ兼ねない軽量な作品でも、見終わった後の引っ掛かりから思い返される事ですき間を埋められる本作は、愛着と共に記憶に留まりそう。

拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
シネプラザサントムーン シアター8にて

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