直前に見た作品が、扱っているテーマの重さと、スケールと語り口でスクリーンからの「圧」が強いうえに頭を働かせないとならなかったので、それとは違うものが見たい本心に従って出かけたのですが。
作品に備わる鋭い問題提起だとかジャーナリスティック色の濃淡で、アカデミー賞の戴冠基準が定められているのか、本作は、全くオスカーとは縁が無かったですが。小品らしく絞られた人数の登場人物の言動を、芝居どころを外さず切り取って構成された映像を目の当たりにしていると、自ずとこちら側の感性が開かれて胸の内側のひだに触れ来るような。
今日まで歩んで来た半生の間に、重ねて来た「選択」の心残りや後悔に対して真摯に向かう作り手の姿勢が、すっと入り込んで来る作品で心地の良い作品なだけに、オスカーの威光を借りられず世間に広まらなかったのが、惜しまれます。
作品の概要を聴いた印象では、10代の「初恋」を引きずり続けて、再会する30代半ばまで、互いに他の誰も受け入れずに居られるものかと、純粋な想いの成就前提だったりしましたが。ベースは恋愛感情であっても、それの年月を重ねた顛末をただ追うのがメインではなく。約四半世紀に渡る「初恋」がたどる帰結が触発する各人の感情と、それに対して寄り添う他人について、映画らしい見せ場でもって共感を誘って、本作が、映画デビューの監督にしては、手練れていました。
冒頭の場面が、意表を突かれたと同時に作品の方向を示していて、掴まれました。監督の経験に基づく本作で、分身といえる韓国からの移住者で、36歳の現在ニューヨークで劇作家として活動するノラ。彼女に向って左側に韓国から遥々24年振りの実対面で海を渡って来た同い年の男ヘソンが居て、右側にはノラの夫で作家である白人のアーサーの3人が、バーのカウンターに並んで座って歓談している様子で始まる。当然、昨今の親切なTVドラマじゃないから、まだ誰が座って居るのかは明かされておらず。音声では、真ん中に控えるバーテンダーを円形に囲ったカウンターの先の3人が目に入る客たちが、深夜の時間に陣取る彼女たちの「関係」を興味本位で詮索する声だけで、本人達の喋り声はオフとなっている。
当然、3人の「関係」を言い当てられる筈など無くて。個人が抱える事情は、人の数だけあるけれど、成人であれば誰もが訪れる「おおやけ」の場所にみられる一幕、風景に過ぎない。想いのタケの大きさだとか、時代や居場所の違いだとかはそれぞれで、映画の3人とは似つかわさなくとも、受入れる間口の広さを示しているように勝手に受け取って、抱いていた作品への懸念が、一気に払拭されて入り込めました。
ノラとヘソンが24歳の時の再会の切っ掛けが今様で、あらためてムードが醸成されて行くのも判るのだけど。その矢先に、一方が遮断する。まだ、成長途上のティーンの頃と違って、目指すものがあり、生活背景も各々違う。そこには、男女の考え方の相違も当然あって。当初の懸念材料であった、原体験至上主義の考えに囚われた耐えがたい話では無かった。
監督の分身である、ノラを主軸に描かれているので、ヘソンが固執するワケが判らない声も耳に入りましたけど。我が国のポップスでも歌われている例を引き合いに出せばわかる通りで、ましてや兵役明けに、永遠に一緒と思っていた相手から連絡を貰えば想い込みを強くするのは仕方が無いし。その後、実対面するまでの実らなかった恋に、東洋人種らしい家に縛られた長男思考を聞かされれば心境を察するには充分。
そんなヘソンが、ノラに結婚生活について尋ねて。大まかな記憶ですが、ノラは、「二つの違う植物を、一つの植木鉢に植える様なもの。互いに、根っこの降ろしどころを探しあう感じ」って趣旨のことをのたまって。いつまでも昔に執着しないで、現実に向き合って自分の道を歩んでいる。
この映画が、長きに渡ってくすぶらせた想いの帰結を見せる色恋話のチープな作品とならなかったのは、ノラの夫であるアーサーの存在にある。二人が出会った時、これまたうる覚えになるが、「えにし」、うまれる前からあったとするその人との定められた出逢いや運命をノラがアーサーに語る。世にあまた居る人間の中からの出逢いが、得難いものである最高の装飾である。そこに至るまで、そしてその後にも、人には「決断」の機会が続いて、そこには未練もあれば、後悔も起これば、思い過ごしもある。
遠き日から温めていた想いを一方的に断ち切った申し訳なさを抱える女性と、良き理解者であろうとするも、異人種である故に疎外感を拭えずに居る男。そして、あの日の彼女を記憶の中の存在に留めて去る男。それぞれが、胸に気持ちを秘めたまま、空港に向かう車まで見送る件の「長回し」では、無言であるのに、雄弁に語るよりも伝わってくるうえに、過去の「決断」への責めや悲しみに寄り添う姿が、温かく映りました。
原題をそのまま訳してしまっては、全く違うジャンルのものと勘違いしてしまうので、サブタイトルを付けて誘導するのも致し方ないですが。興味を持たれたのであれば、迷いなく、目に触れて欲しいと思う一本でした。
拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
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