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2022年09月19日23:19

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「恋する惑星 4K」を見て。〜重慶だろうと、離れた何処かだろうとも。この地上に住む者だったら、心破れたあの一日や、憧れたかの地で一緒に過ごす明日に、あの頃も今も、囚われて。〜

27年前に出逢った時の鮮烈な印象は、再見で褪せるどころか、その間備えた経験でもって、初公開時とは違うところにも目が向き、さらに陰影を増して記憶に刻まれて。それでいて、見ている間の、高揚感、心模様はあの頃のままで、この作品を見ている間に限っては、「リコリス・ピザ」を見ていた時同様、まだ、青春でいられるのだなと、勝手に決めつける。

パンデミックでの自重中、いずれの映画関係者も、自身の過去を振り返ったり、過去の自作を見直したりで。御多分に漏れず、ウォン・カーウァイ監督も、デジタル転換による画質向上にはじまり、素人には判り難い、画面比率の手直しに、本作に関しては、音の再生を5.1ch仕様にグレードを上げて、他の4作品共々磨きをかけ、再鑑賞に向けての提供なされたのだが。都市部での好評を受けてか、細やかなリクエストの声も届いたからなのか、近隣のシネコンの中でも、特に画面が大きく(客席も多い!)、音響効果に優れた(その分、200円の料金上乗せだ!)劇場に掛けられたので、監督の意図を、十二分に受け取れる環境での再会となった。

フィルムから、デジタルへ映像が転換されて、いたずらに色味がハデになったりする訳はないけど。人物が、背景とボヤけず、鮮明になって、ゲリラ的撮影と思しきところも、動きの臨場感や、当時の背景となる雑居ビル街の賑わいや、裏のいかがわしさも、より際立っています。そして要所で、背景をハイスピードで飛ばし、手前の主要人物の動きを「突出」させる、トリッキーなショットも、大画面で、鋭さを増して、問答無用に突き刺さる。

金城武さん扮する4月1日に、恋人にフラれた刑事223号と、重慶の雑居ビルの裏社会で、中東の密入国っぽい家族らを使って、お金になる白い粉を密輸させようと、慌ただしく手配する、金髪のカツラとサングラスに、コートを終始まとい続ける、ブリジット・リンさんが、互いの氏素性も知らず、4月30日の夜バーのカウンターに隣り合わせる前半パート。そして、重慶の一角にある、知り合いのおじさんのフードスタンドでバイトする、フェイ・ウォンさんが、トニー・レオンさん扮する、常連客の警官663号が、気になるあまり、別れた彼の彼女が手紙と共に置いて行ったアパートの鍵が、預かりっぱなしを良い事に、それを使って、こっそり、部屋を掃除するうえに、調度品を自分好みのモノに変えて行く、犯罪のそしりを免れようのないイタズラに、秘めた恋心ゆえ、ついのめり込む後半パート。

多少の脚色を入れたところで、特に、どうって事のない粗筋。世界のどこでも、誰にでも、面白く膨らませようが有りそうなのに、この監督が、手掛けるから、廃れない作品となった。

文字で起こせない、撮られた映像の繋がりに、「宿る」ものがある。そう書いてしまうと、難解なものに捉えられそうだけど。目に映るものから、「感覚」として、脳裏に降りて来るというか。映像が、文字や、行間を埋めているみたいな。本作では、缶詰の期限に、挿入歌のダイナ・ワシントンと云った日付やその人にとっての1日へのこだわりや、カリフォルニアという名前で括られる、店や土地(異国)の場所、別れから、再会までの月日の跳躍。そこへの拘りに、その人ならではの、感傷だとか、決別への決意に、明日に繋がる高まる気持ちだとかが、からまっていて。

それは、あくまでも、受け手としての私の雑感ではあるけれど。そういったものを、誰にでも想起させるかの、自由な「行間」を、繋いだ映像でもって見せる文学的表現を負っているところで、唯一無二の作品。前作の「欲望の翼」でも、例えば、レスリー・チャンが、マギー・チャンに、腕時計の分針を見せつけて、二人だけの時間の共有を、キザに焼き付けるとか、同じような拘りをみせるけれど。退廃的というか、アンニュイな感じが、取っ払われた分、断然、「恋する惑星」は、取っ付きが良い。

それは、本作が、映画初出演の歌手であるフェイ・ウォンが歌う、洋楽カバー「夢中人」の使用効果の高さにもある。フードスタンドで、コーヒーを手に佇むトニーさんを、カウンターを挟んで作業の手を止めている彼女が、前述の周囲が、高速で動いて、その場が、二人だけかになった様に変わるやいなや、劇中初めて「夢中人」が流れて、5.1chの威力が爆発したその瞬間、彼女の恋心にスイッチが入る。まさに、そのポップなイメージが、本作は覆われている。

それが初見の時は強かったもので、前半パートが、薄まっていたのだけれど。先の粗筋に至るまで、金城君とブリジット・リンさんは、全く、交わる事が無いのだけれど。片や、自分の誕生日が正味期限のパイナップルの缶詰を買い続ける、ヘタレな男のパートで、片や、グロリアのジーナ・ローランズばりに、中東難民の家族を運び屋に仕立てるハードボイルドな仕事ぶりを見せて、併行した二つの話を、一晩だけ絡ませる。といっても、彼女は、「武装」を解かないまま、眠ってしまって、彼は、ただ、一晩持て余すだけなのだけど。それぞれが、傷心と、裏切りがこもった「1日」に、区切りを付ける。特に、最後まで、素顔を見せなかった、リンさんが、金髪を捨てていくカットは、さり気なくも、多くを語っていた。

二つの話は、なんの関係性も無いけれど、フードスタンドで、金城君とフェイ・ウォンがすれ違うカットで、入れ替わるくらいなのだけど。本作の原題である、「重慶森林」(舞台背景となる重慶ビルディングの森って意味らしい)とは、全く所縁なさそうな、この邦題は、名付けて妙というか、よくぞ、命名しましたって、感心します。仏語原題「息切れ」から「勝手にしやがれ」とした邦題と、発想では双璧を成しますね。

パートの入れ替わりで、「数ミリの間隔ですれ違った彼女は、この何時間後男と恋に落ちる」ってナレーショが入るのだけど。それだけの繋がりを、重慶って場所の出来事として見せているのに、そこかしこでも起こり得る事として、普遍と云うか、「ありきたりさ」を見出して。場所や、時代を超えて、起こり得る事の意図として惑星をタイトルに持ってきたのは、まさに妙案。

フードスタンドのオヤジが、面倒見が良いというか、失恋した金城君や、トニーさんを気遣って、いろいろと口出しするだとか。ブリジット・リンさんが、利用しようとする中東アジア系難民だとか。あり余る活力や裏にうごめく人種に、当時の香港の雑多なエネルギーが伺えて。それが、ダイナ・ワシントンのWhat a Difference a Day Made(たった1日で変わってしまう)のように、1977年7月1日の大陸への香港返還のたった1日の事で、今は、すっかり、変ったんだなぁってのも、実感。ウォン・カーウァイ監督も、「新作」については、未だ、話を聴かないのも、全く、関係ない訳も、なさそうな。

拙文にお付き合い頂き、ありがとうございます。
シネマサンシャイン ららぽーと沼津 シネマ6にて

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