誰もが、「人生」という舞台に立っているという。他者にとって取るに足るかどうかなど、関係はない、各々が、持ちうる技量で、ぶっつけ本番の体当たり演技を続けている。それでも、有名であるとか、容姿が抜きんでているだとか、追随を許さない才能を持っているとかで、スポットライトの当たり具合も違って、自身の舞台の幕はそのままに、ついつい傍観してしまう。
世界3大ギタリストの一人として崇められるエリック・クラプトンは、ロック・ブルースに親しんでいれば、必ず耳にする名前。多少、年季が経った洋画ファンにしてみれば、80年代の「リーサルウェポン」での劇伴や、トラボルタが出た「フェノミナン」なんか映画自体よりもクラプトンの主題歌「チェンジ・ザ・ワールド」の方が耳馴染みだったりするのでは。ともかく、近年は、ホド良い枯れ具合が、「温和」な雰囲気を醸して居たりする。
CMや映画・ドラマで頻繁に使用されて、世代を跨ぐようなキャッチーな楽曲もないし、劇映画では無いので、終幕の演奏シーンに向けて創意で仕立てられた展開もなく。出された画像や談話でもって、モデルの人となりを掘り下げるものですから、見る方で咀嚼を求められる。被写体に対する多少の関心と好奇心が有ったから、作品を追って行き易いのは否めないか。
今大ヒット中の英国4人組のバンドの劇映画に、彼等の事実が籠められていないと、ヘソを曲げるファンの声もチラッと見ました。だったら、ドキュメンタリーでも見たらって、その意見を拝見していて思いました。しかし、生ける伝説のギタリストのドキュメンタリーを見て、取り上げる画像や証言者に、「証拠の品」や、ファン垂涎のライブ映像で構成しても、そこには、真実だけが残るのではなくて、作り手が、多くの素材から彫り出した、モデルの人物像が露わになるので、例えドキュメンタリーでも、見る人全てが満足のいく「事実の提示」なんかにはならなかったりする。なので、文句を垂れるなら、全ディスコグラフィーをひっくり返して聴き直して、評伝本でも読むしかないのかも。
本作は、クラプトンが、亡くなったブルースギタリストBBキングへ追悼を表明する姿を映し出して始まる。スローハンドと称される彼の演奏スタイルが、ブルース音楽にある事、そして、彼の幼少の頃、物珍しいジャンルのギター奏法の独学に傾倒させた彼の胸の内には、ただ一人の肉親の仕打ちからの絶望が横たわっていたことが、当時の写真に添えられた本人や育てた祖母の証言から示される。
出だしに、そんな「陰影」が添えられるた後、クラプトンが10代でバンドのメンバーとして、60年代の革新期の熱気をはらんだミュージックシーンで、頭角を現す血気盛んな頃を提示する。幼少から培ったギターテクニックへの自負から、戸惑い無くバンドを移り変わり、音楽シーンの第一人者達との邂逅を遂げて、アーティストとしての地力を高めていく。先に上げた「Queen」の劇映画でもそうだが、無名の存在だったのが、ヒットを足掛かりに世に出ていく件は、このジャンルにとって必須項目だし、見ている方も自ずと前かがみで、銀幕に喰いついてしまう。
ヤードバーズってグループが、ビートルズ人気に便乗した曲でヒットのきっかけを掴んだ矢先に、彼は見限って売れ線思考を持たない音の在り方で通じる演奏者と、クリームを結成して演奏シーンがワンコーラス流れるけれど、全く古さを感じない。曲は知っていたけれど、白黒の画像で演奏する姿を目にして、より楽曲がクールに聴こえる。英国音楽シーン隆盛の立役者のビートルズに招かれて、人形アニメ「KUBO」のエンディング曲でカバーされていた、「ホワイル・マイギター・ジェントリー・ウィープ」のゲストミュージシャンとして、クラプトンが、スタジオで4人とセッションする様子とか、この辺りの、選び抜かれた映像は見ていて飽きません。
彼の出自を語った部分と対を為す、華やかなミュージックシーンですが、同時に、クラプトンが、ブルース奏法を持ち込んだことで、白人主体のロックに、黒人音楽要素が取り入れられて、70年以降から今の時代まで、当たり前として耳にしているスタイルが、醸成されだした、まさに「黎明期」をも目撃しているよう。去年亡くなったソウルの女王アレサ・フランクリンが、レコーディングに呼ばれた、サイケな衣装のクラプトンを見る目が変わってゆく様等、逆にマイノリティ的立場の白人が、黒人音楽の越えられない壁を崩して融和していくあたりは歴史検証の奥深さも備えております。
こうして野心が充足され名声を得ると「音楽業界」での居場所を得た事で、クラプトンは、子供の頃断絶された愛情を一緒に育む相手に目を向けていたのです。本作を見る動機に先に長々綴った演奏シーンや、そこに係わる当時のアーティストの姿を見る事も在ったのですが。それとは別に期待したのが、ビートルズのジョージ・ハリスンの奧さんだったパティ・ボイドに対する想いの顛末でした。
パティ・ボイドさんは、ビートルズの映画「ヤア!ヤア!ヤア!」に、チラッと出ているらしいが記憶にはありません。モデル出身で、アーティストキラーだって聴いていて、今回、まじまじとご尊顔が拝めました。コケティッシュな感じを醸していて、パーティで連れて歩いて、自慢したくなるのも判る整った容姿。盗み撮られた画像や、再現映像もないけれど、彼女の証言音声だけでしたが。あるパーティの夜更け頃、目の前に居るクラプトンの自分への気持ちを知って、既に夫との関係が冷え切っていた彼女は応えるべきか躊躇していたところへ、ジョージが迎えに来て、クラプトンをその場に残したまま、夫と帰路に着いてしまったそうだ。聴いただけでも、「画」が浮かんでくる。この後、ペルシャの悲恋物語に創を得て、「女性の前で跪いて慰めを乞う」と、自己憐憫の念を包み隠さない歌詞を書き上げる。「たまたま、録音スタジオに来ていたギタープレイヤーとのセッションが、行われた」との証言が引用されるや、場内に響くお馴染みのギターリフ。こうして、「ボヘミアン・ラプソディー」と並ぶ長尺楽曲にして、ロック史に残るナンバー「愛しのレイラ」が生まれた。
それを含むアルバムを、クラプトンは、パティ・ボイドを呼んで聴かせたそうだ。思春期に、気になる相手に、「俺のベストヒット」と称して、ダビングテープを贈るのと本質は変わらないが、それが、世界3大ギタリストの製作によるものだと、痛さというより、重さが勝る。彼女は、またしても彼に背を向けた。誰もが認める才能をつぎ込んでしても、受け入れて貰えなかった男の心情は、察しても余りあります。昇る陽の勢いだった60年代から、70年代は、酒とドラックの日々に明け暮れる、長く続く暗い夜の如き暗黒期に突入するのです。
結局、パティ・ボイドも結婚生活が破たんして、クラプトンと一緒になるのだけれど、「レイラ」を編み出した一途な思いだった頃と違って、他の人に興味が移って理想の人を手放す。そこから、人生もミュージシャンのキャリアも回復するのかと思いきや、2番目の谷底が待っていた。可愛い盛りの4歳の長男が、宿泊先のホテルの客室から転落死してしまったのだった。また、酒と薬に逃げる日が始まるのかと思いきや、クラプトンは、アコースティックギターに持ち替えて、亡き息子を思う気持ちを楽曲に込める。「ティアーズ・イン・ヘブン」は、その後他のアーティストによる、「アンプラグド」(アコースティック演奏)アルバムの流行も生んで、グラミーの栄誉に輝き、波乱の半生を糧に、その節目で楽曲を編み出した才能は称えられた。
この映画は、本人の証言映像は使わず、公の記録映像や画像、そして物証で構成する。実際には、評伝本やウイッキで、音楽史的或いはゴシップ通が好みそうな話は、取り除いている。先に上げた2曲の背景となった、その時の「想い」が綴られた手紙が提示されたところに、作り手の狙いが有ったのだろう。ひとつは、パティ・ボイトに宛てた、クラプトンの恋文。もう一つは、知り合いの弔文に紛れて届いた、旅行中に転落した息子が父宛てに拙い字で書いた「パパに会いたいです」と書かれたハガキ。取り返しのつかないのが、人生だったりするけれど、その時の「想い」は、貰った人の中で確実に残っている。
今は穏やかなクラプトン一家の様子と共に、在りし日のBBキングが、野外コンサートで舞台袖に控えるクラプトンに向かって、彼への謝辞を朗々と聴衆に語る映像で締めくくられる。生涯でなし得た業績や、華麗なる愛の遍歴でも、人生のステージの大きさは、凡人との比較では、その「大きさ」が桁違いで、鵜呑みにできるものではないけれど。一つ思う事は、どんな人生舞台だろうと、立ち続けて「生きて」いる事に意義があると、クラプトンの、まだまだ続いているステージを覗いて、勉強させて頂きました。
拙文の終点まで、お付き合い頂き、有難うございます。
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ご覧にならないでしょうけれど、「愛しのレイラ」ライブ動画(この映画で使われておりません) ↓
https://www.youtube.com/watch?time_continue=3&v=C74sjfGUQXo
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