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2009年03月04日18:55

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暇な人しか読まないで!塵埃秘帖秘蔵版 (その2)

http://bike-tourist.air-nifty.com/hiroka/cat20969117/index.html


春の鼓動〔2003年3月中旬号〕

大阪に住む10歳ほど歳上のかたからメールをいただいた。「東大寺のお水取りが終わると本格的な春です」と書いておられる、ここにも春を待つ人がひとりいる。前の職場での知り合いで、まったく違った部署でありながらバイクが好きな同士で仲良くして戴いており、ひと足早い定年を迎え新しい人生を始めてからも何度か便りが届く。春を待つ今度の便りには、380キロと重たかったハーレーを手放してBMWに替えたと書いてあり、2月の中旬には月ケ瀬梅林に初ツーリングに行ってきたらしい。

バイク乗りは冬の間、寒さを我慢しなければならないので乗らないという人が多い。暖かくなってくると身体も柔軟になり、走れる時間が長くなる。路面状態にも気を使わなくても済む季節なので早く表に出たくてしかたがない。時間を刻む早さに変化は無いのに、冬を待ち遠しがっていた自分を沁々と感じる。童謡のミヨちゃんのようだ。

こんな思いを胸に奈良の都を散策するのは格別である。東大寺の勇壮な姿に感動し、さらに裏に回って二月堂にのぼる坂道をゆくのが大好きだ。馬酔木の花が咲いている。白く房になって垂れ下がるのを見ていると、花に鮮やかさや美しさはないもののこの季節の乾き切ったような野山に季節感と和らぎを与えてくれる。毒のある木には思えない。土壁沿いに小川が流れ、石畳の坂道には清水が滲んでいる。枯れ木のように見えるこげ茶色の低木にも小さな新芽が顔を出している。

京都の秋の夕暮れはコートなしでは寒いくらいで…と語り歌ったフォークソングがあった。重いコート脱いで出かけませんか…と歌ったグループもあった。長く辛い冬の始まりは、苦渋をじっと堪えて文化を受け継いできた京都という古都を舞台に、鮮やかな紅葉の下を舞い散る落ち葉の侘びの如く迎えた。春の始まりには若草山を仰いで、大空を見上げて背伸びをしてみたい。

霞の中でぼんやりと存在感を控えめにしている生駒の山々とは対照的に、二月堂の庭は静寂の中に胎動を感じさせる。僧侶は、燃え散った松明の欠片が散らばっているのを竹箒で掃き、砂利の参道に水をまく。境内を行き交う人々は皆、手を合わせ二月堂に深深と祈って去ってゆく。ここから、すぐ前にそびえる東大寺の甍を見やり、荒波を越えてきた天平の僧たちのことに思いを馳せてみる。

春という季節には「鼓動」という響きがまことにふさわしい。

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半年を振り返る〔2003年3月初旬号〕

▼初めての職場のマネージャーは、放任主義の人だった。業務の詳細のオブザーバーとして、私たちに重く貴重な存在で、感情的な言動や気分の表裏などは一切無い人でした。メンバーは信頼をして仕事に打ち込めた。▼二度目の職場には放任という概念すら無かった。人間は放置をしておいたら悪いことしかしないから常に管理を行き届かせ、間違いがあったら追求し咎めた。人格を無視したような言動などが目立った。メンバーは規則に縛られ、無意識に規則を逃れるような行動をした人が多かった。体制側は「個々の自立、個性を生かす」という建前の言葉で世間に対して正当性をアピールしていた。▼そして三度目の職場を6ヶ月経験した。2002年10月からの半年を振り返ってあれこれと書いてみることにする。私はアルバイトとして雇用されることになり、同僚として3名のアルバイトの女性がいた。当初の予定では私がその人たちのマネージメントをすることになっていたのだが、意識レベルの相違で簡単に崩れた。詳しくは後述する。人間、誰しも新しい職場で仕事を始めたら初めは猫を被っているのが当たり前だ。やがてその化けの皮が剥がれてきたときに私に数々のショックが襲ってきた。▼アルバイターを使っての仕事は初めてであったので、その意識レベルとスキルの低さに驚いた。人は会社組織の中で、それぞれが掛け替えの無いポジションでいるという自己責任意識で仕事に取り組んでいる。だが、仕事をいい加減にしていた訳では無く、業務はきちんとこなし、能力の範囲で落ち度も無かったのであるが…、ここに来た女性たちには、まったくそういう意識が無かった。正式社員と比較してはいけないのかもしれないが、ことあるごとにその人たちの仕事意識を見ては、マシンに限りなく近いと感じた。そしてそれは彼女たちが自らの意識でそうしている(そうありたいと願っていた)のかもしれないと思わせることもあった。▼あるとき、ひとつの文書作成を依頼した。しかし彼女たちの取り組み姿勢はただ指示を待つだけで、創意工夫がなかった。実力をそれ相当に持っているのに残念だった。困ったのは、本論とは無関係の指示や重要でない不具合への質問が私との対話に頻出したことである。仕事の中味に重み付けができていないから、仕事を子どものお使い程度にしか考えていないのであろう。ピントのボケた質疑が交わされるのである。相手の立場やチームが置かれた状況を考慮して、自らが工夫をするという姿勢とチームが仕事を完成させるという意識があれば、そのような質問はなさないだろうと思わせる言動であった。もしも、職員の人にこの仕事を依頼したらどうだろうか。ほとんど詳細指示がなくとも作業を開始し、自主的に重要な問題点や課題を提起し、対話を十分に行い業務を遂行したであろう推測する。自分たちが気がついていないのだからどれだけ諭しても理解できない。苦言にしか聞こえないらしく、私は早々に諦めてしまった。▼また、あるとき、ひとりが「(私は)アルバイトですし、6ヶ月間だけですから…(そんなにチームに打ち解けなくてもいい)。」と言った。チームワークの意識を少しでもひとつにするためはどうしたら良いものかを悩んでおるときだけに、さらに愕然とした。▼こんなこともあった。定時が近づいていたので仕事の出来具合を確認しようとした私に「私たちは私たちのペースでしていますから」と強い口調で応対された。アルバイト女性の仲間で申し合わせたように結束されてしまったのである。意見の正当性が私にあったとしても、これでは勢いを失ってしう。私は意識教育を薫陶する立場でもないし、彼女たちも受けたくないだろう。▼アルバイトは所詮アルバイトであった。しばらく仕事を進めるうちに業務の管理を任されたので、ある程度の命令をしたが、ことさら従う気がない。理由は明快で、私たちはお互いがアルバイト同士であるからということらしい。(何故にそんなことに従わねばならないの?という無意識だったのだろう。)確かになるほど私もそう思う。しかし、チームで業務を行う上での上下のない職制は必要なときもある。指示を出せば出すほど、あがけばあがくほど私が愚かに思えてきた。これもショックだった。▼3人のうち二人は大手のメーカーで女性の技術者としての実績もありスキルもある人である。どうして、これほどまでに「屈折」してしまったのだろう。企業の中で首に輪をつけられて、束縛されつづけてきたことに起因するのか。はてまた、人間関係の軋轢でモノの見方が変貌したのか。生まれながらに屈折した人だったのか。この若さでそれなりの実力の持ち主で正当な退職理由も無くアルバイターをしている人の精神構造の一面を見た思いがした。残念である。▼マネージメントを学ぶには、マクドナルドのように外食産業で店長などを経験するのもひとつの手法であるという。女子学生であったら仕事よりも重要な突発事態は頻繁に発生するだろうし、ドタキャンは、日常茶飯事なのだろう。その中で和を保ち仕事を止めずに進めることは、こういう現場で苦汁を舐めた人にしかわからないのかもしれない。▼私もアルバイトを経験してみて、第三の職場世界を経験できた。アルバイターをチームに迎え入れて仕事をしたことが無かっただけに、非常に私にとって学ぶべきことの多い貴重な体験であった。強制力の無いものに従って自らを苦境に陥れないように、また、仕事の負荷を必要以上に増やさないようにするという潜在的行動原理がアルバイター備わっている。一方で、これまでの職場では人材に恵まれていたんだとう感謝の気持ちも出てきた。▼アルバイトを性悪説的視点で見るようなことをしてはいけない。しかしながら、現代社会のどん底不況において、その場しのぎ的で無責任、そして人間関係からの逃避、指示待ち体制を好む人たちが増えて行くことに接してみて、社会全体の傾きや未来の屋台骨の痩せ細りのようなものを感じざるを得ない。このような人材が増産されているのが不況と深くかかわっているとは言い切れないが、社会現象として加速させていることは否めない。

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阿久悠さん〔2002年3月初号〕

02/03/11

阿久悠さんが、3月11日の中日新聞・朝刊にエッセイを書いていて、思わず切り抜いてしまったので、ここにアップしておきます。

音で分かる春の訪れ 3月

体質的に寒いのが駄目で、冬の間は行動半径も狭くなり、思考の範囲も縮こまり、ひたすら、この季節が過ぎ去るのを待つような気持ちになる。

そして、句の根拠もないのだが、不還に見舞われたり、不幸がやって来るのは冬に違いないと思い込んでいる。

そのくせ、書く詞というと冬の景色、冬の気分のものが多く、たぶんそれは何らかの代償行為かなと思ってしまう。辛さ、悲しさ、像さ、厳しさ、切なさ、いずれの感情もヒリヒリ感じる。体質的にといったが、ぼくは、テレビの画面で吹雪の風景を見ているだけで、風邪をひきそうになるのである。

そんな冬嫌いであるから、数年前には、「春夏秋秋」などという詞も書いた。

♪ああ 私 もう 冬に生きたくありません春夏秋秋 そんな一年あなたと過したい…という調である。

もっとも、この詞における冬は、現実の四季の冬というよりは、人生の冬の時代という意昧の方が強いかもしれない。

ぼくは小説もたくさん書き、そのテーマの四分の一くらいは、日本の戦後とぼくの少年時代を重ね合わせたものである。記憶をまさぐりながら書く。

記録よりは記億を大切にして書こうと思っている。記録は確認のために用いるに過ぎない。

記憶が重要で、それは脳に刻まれたもの、皮膚感覚が忘れずにいるもの、心が条件反射で震えるもの、さまざまである。いずれにせよ、体感の記憶を大切にする。

少年の物語であるが、ぼくの小説に登場する主人公は、実に老人のように季節の変化に敏感で、昨日と違う今日という感じ方をする。少隼が老人のように季節を愛でるのは、大人たちが季節どころではない飢餓と戦う生活をしていたからである。

それで、ぼくは、少年にその役目を与えた。少年は四季と一体で花や虫のように日常そのものであったのである。その少年の目が倍の大きさになり、耳がパラボラアンテナのように開いて、自然の色彩と音色を感じ取ろうとワクワクするのは、冬から春へ一日にして変わる時のことである。

瀬戸内海に面した海岸の町で幼少期を過ごしたので、ぼくは、風の音で季節を知る術を知っている。秋から冬は少し絶望的に、冬から書は希望的に感じる。

冬の真っさかりには北西の風が吹いているので、終日ゴオーッと鳴りつづけでいる。雨戸に風の塊と、風が運んだ小砂利がぷつかる。それがある夜止む。ピタツと止んで静けさが訪れ、その静寂にかえって目がさめてしまう。

しかし、その翌朝の雨戸を開けた時の感動は忘れられない。一夜にして冬が去り、春が訪れたことがわかるのである。空の色が違えぱ、海の色も違う。

風の向きも変わり、鼻の頭をかすめる匂いは甘くなる、そして、一面の菜の花の満開に、その朝初めて気がつくのである。

だから、三月は、そのときめきを書かずにはいられない。

(あく・ゆう=作詞家・作家)

「記憶が重要で、それは脳に刻まれたもの、皮膚感覚が忘れずにいるもの、心が条件反射で震えるもの、さまざまである。いずれにせよ、体感の記憶を大切にする」
とかいていますね。

ともすれば、わたしたちは、記録を重要視してしまいがちである。

自分の頭のなかにしっかりと記憶できるほど、その時その時をしっかり生きなさいという暗示なのかもしれない。

◆◆◆◆◆◆

ジャンケン〔2002年春の彼岸号〕

02/03/19 08:58

ジャンケンで強い人と弱い人があるかと思う。このような勝負にテクニックがあるのだろうか…とかなり前から考えて、ひとつの結論を出した。

結論1

グー・チョキ・パーをアットランダムにシュミレーションをすると、どれを出しても勝つ確率は同じであった。百万回以上の勝負をさせた自分がアホだなと思った。

考察1

ただし……である。「グー」を出した後、必ず前回と同じものを出さないならばどうだろうか…こうして条件を限定すると次に出せるものは、「チョキ」と「パー」しかない。この場合は、「グー」→「チョキ」→「パー」の順で出すことに決めた人が最も勝つ。理由は簡単で、「グー」の次は「チョキ」か「パー」しかないのだから、悪くても引き分けしかないことになるからだ。

考察2

上の条件は、かなり強引だから…そこで、「同じものを続けて出しても良い」とする。「グー」「チョキ」「パー]を自在に遷移する場合の人間の心理を考える。

P(X)を起こりうる確率とすると

・グー→チョキ   … P(A)

・グー→グー    … P(B)

・グー→パー    … P(C)

の3つを推測できる。

そこで、心理の問題である。やはり、グーチョキパーというくらいだから、「A」のパターンが多いのではないだろうか。

つまり、P(A)>P(B) かつ P(A)>P(C)であると言えそうだ。

ということは、

結論2

結論1ほど確実に勝てないにしても、ジャンケンをする時は「グー→チョキ→パー」の順だ!と決めている人が最も勝つ確率が高くなる。

「最初はグー」というふうにして始めれば、第一回目で負けないから、なおさら勝つ確率が高くなるはずだ。

〔P(A),P(B),P(C)の確率に依存すると言える)〕

どうぞ、皆さんお試しください。

◆◆◆◆◆◆

旅に出る〔2002年3月下旬号〕

02/03/23

未読を貯めながらこれを書いている。少し後ろめたいが続けよう。

昔、東北4800キロのツーリングに行ったときの飯坂温泉で世話になったS君のことを思い出した。レポートの最後にも彼に出した礼状をつけたし、記録のどこかで彼のことにも少し触れている。その彼とは飲み友達だったから染み染みとした思い出が幾つかある。

おい、○○○くん、西門の××で呑もうか、ということになり、早稲田の街で化粧品屋を覗き込んでは、そこの化粧の濃いねえちゃんを誉めたぎり−−彼は濃いのが好きだった−−ながら、ある飲み屋に並んで急ぐ。(私は化粧は嫌いです、今でも)

最近、どうだよ、というような会話に始まり、バイトの話、可愛い子の話などをして酔いが回る。彼の年齢は私よりも4,5歳上だと思うが、不明だ。いったい何年浪人したのか分からない。4年だというのが共通の友人たちの間での暗黙の認証かな。おまけに在学期間が期限のギリギリだったことも彼らしい。文学部というところはそういうところなのかもしれない。

そうそう、△△君ねえ、旅に出ているんだよ。沖縄に行くって言って出て行ったきり三ヶ月にもなるけどさー。試験も終わったし、どうしてるんだろうな。(東北イントネーションである。)

旅に出るという言葉は、こういうときに使ってみたいものです。私も旅に出たいと切々と思うときはなかなか叶えられない。忙しいときに突然に居なくなるのが、これまた旅人なのかもしれない。


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