毎年、1月の日記には同じようなことを書きますが。
22日は親父の命日で、あれから何年という数字が必ず毎年ひとつずつ増えて、私の余命がまたひとつ減ってゆく。親父の死んだ年齢に近づく度に、親父の気持ちが少しだけわかる。
さようなら。
そんな洒落た別れはできなかった。
苦しみながら床に伏せる日々だったというけれど、私は冷たい人間なんだろう、ちっとも見舞いには行かなかった。
18歳で東京に行ってしまったし、京都に戻って来てからもゆっくりお酒を飲んだ覚えも無いし、話をしたこともなかった。
自由自在に人生を生きてきた人で、数多くの仲人をしたり、自分で愉しむだけの絵を描いてみたり、木を彫ってみたり…の日々だった。
今の私が似たようなことをやりたくて困ってしまう。
何も、人生論について話したことなど無かったのに、これほどまでに似るのものか。
確かめたくても、聞いてみたくても、もう居ないし。
日本中が震え上がった真冬の1日だった。
誰もがそうだろうけど、私も例外なく、「さようなら」を言う準備はしていなかった。
傍にいて抱いて眠っていた母が
「朝になると体がすーっと冷たくなっていったんや」
と話してくれた。
静かに静かに冷たくなってゆく様子は全く想像できないけど、私もそのときはそうありたい。
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