ちょっと画期的だったね
アフォーダンスとは人間の認知に関わる概念で
まだ確定的と言えるほどに認められた概念ではない
ちょー乱暴簡単に言えば
外部からの刺激に対し
脳はいちいち反応して思考するといった反応を行っていないということだ
言い方を変えれば
どのように利用できるかという価値は
身体の外側にすでに存在していて
我々は それを探るという行為を行っているだけだというものだ
石がある
その石は400mm内外の高さを持って
上部が平らだ
その場合 その石は
座るためのアフォーダンスを持っている(アフォードしている)
人間はその石が座るに適しているかどうかを
いちいち視覚や触覚で高さを確認して
その情報を脳で座るために適切であるかどうかを判断することはせず
環境の中から「探し出す」という反応で事足りる
わらわらと疑問が湧いてくると思うw
「アフォーダンス 新しい認知の理論」という本がある
そのあとがきに面白い話がある
アメリカの心理学者グレゴリー・ベイトソンの話で
「木こりが木を切っている 斧はそれぞれの一打ちは前回つけた切り跡に制御されている このプロセスの自己修正性(精神性)は木-目-脳-筋-斧-木のシステム全体によってもたらされる このトータルなシステムが内在的な精神の特性を持つのである」
「ところが西洋人は木が倒されるシークエンスをこのようなものとは見ず『自分が木を切った』と考える そればかりか 自己という独立した行為者があって それが独立した対象に独立した目的をなすのだと信じさえする」
「精神的特性を持つシステムで 部分が全体を一方的にコントロールすることはありえない」
「システムの精神的特性は部分の特性ではなく システムの全体に内在する 調和的に働く一つのアンサンブルにこそ 精神は宿るのだ」
人間内部に局在的に存在する精神というものに対する否定だ
この考え方の先駆者はアメリカのギブソンという学者で
彼は注意深くこの概念を推し進めた
我々の脳こそが世界を認識しその認識によってのみ世界は構成されるという知覚理論を根底から覆すものだ
これは面白いw
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