mixiユーザー(id:1940449)

2016年11月22日20:31

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心理学面白いw

何と言っても 今一番ダイナミックに変化し続けている学問は心理学系だろう
この変化は
社会学はもとより
法学から政治学 そして経済学にまで及ぶ
とにかく波及すする分野が多いことにおいて図抜けている
まさにこの分野が発端の
革命的な変革期に差し掛かっていると言えると思う

こないだうち もう熱中していると言っていいw
もともとあたいは
「これまでの概念が根底から覆される」という文言が好きだし
そういう分野が好きだ

若田恭二先生という人がいて
95年に「大衆と政治の心理学」という本を上げている
この本自体も十分に面白いが
心理学自体が この前後に大きく進歩していることから
今 それを読むと
なんかこー 一種のフラストレーションのようなものが溜まるのも事実だ
それは著者ご当人も後書きにそれとなく書いている

そこで
心理学とはまた異なった分野での
臨床心理学というところあたりが非常に面白い
様々な異常心理の原因を探し出し
その解明と治療に特化された分野だ

何が面白いかって
多分この分野が発展的に伸びれば
国家や政治・経済分野において応用されて
「国家臨床心理学」みたいな分野が出てこんとも限らんからだ
まー 実際にはその前兆はあるみたいだけど
まだ主流として 応用が利くような学問としては完成していない

簡単に言うと
今回のアメリカ大統領選なんかも一つのサンプルとして
あるいは症例として選び出されるだろう
これまでの一般的な「無知な大衆」という不可知な存在から
異常心理状態の集団による政治行為というものが
検証可能なエビデンスを持って認識されるようになるということで
それはすなわち
ある程度の「治療法」を政治が持つということだ

さてこれが いいことなのか悪いことなのかはわからん
この臨床心理学の重大な哲学的方面からのテーマは
「じゃあ 異常じゃない心理ってどんなもんだ?」という問いだからだ
フーコーがネチネチと解き明かした「異常」の歴史性を
再び我々は問い直さねばならなくなる
その中で
我々は 実際に貧困や差別や暴力のない平和な政治が
正常な国家としての心理状態であると断言し
それに向けてのシステムを作り上げることが可能になったとして
我々自身が
そのシステムを維持管理し
望むべきものとして永続的に我慢し続けられるのか?
という問題は たぶん想像以上に困難な問題として残る

本当に我々は
差別のない社会
暴力のない社会
貧困のない社会
そんなものを望んでいるのか?
国家として たとえそれが健康な状態であったとしても
我々は そしてあたいは
それを望み そのシステムに耐えられるのか?

個性として精神が健康であるということは
単純に言えば
可もなく不可もなく落ち着いていて
周りに迷惑をかけないということだw
たぶん そういう人ばかりだったら
この世に単車など売れないし
エベレストも登られてはいない
戦争もないが 政府に抑圧される人々は黙ったままだ
独占的な企業も無い代わりに
消費文明も無い

まー ウシみたいな感じやねw

そんなことは無理だ
そもそも人の内側には
ジキルが出ていれば 中のハイドは抑圧されている
謹厳実直な小学校の教頭先生は
駅で向かいのホームの女子中学生のパンツが見えやすい場所を知っているw

その辺のバランスが大事だと
心ではわかっていても
それは全くわかっていることになっていない
人間は経験則の束だ
しかし その束は
あらゆる意味で人間という生物を抑圧する

他人が殺したくてたまらないくせに
そんなことは考えたこともないと信じ込んでいる
犯したい 盗みたい 壊したい
褒められたい もてはやされたい 親切にしたい
好かれたい 憎みたい 
でもそれを否定する抑圧に耐えるに足りるご褒美が与え続けられている限り
その限りにおいてのみ
人間は人間たる微妙な位置にいることが可能だ
しかしそれらは煩悩として原罪として
捨て去ることはできないとされてきた

でも もしかしたら
国家システムは そういった欲望を適当にセーブすることができるようになるかもしれない

そこでおれらは 考えさせられるに決まっている
あたいはそれに耐えられるのかどうかw
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