伊勢湾のどん詰まり
鈴鹿の峰までゲンゲがピンクのカーペットの続くところ
海と田をコンビナートの近未来が仕切り
海風と硫酸混じりの雨が鉄を錆びさせる
煙突から出る炎が夜空を赤く染め
遥かに聳える煙突の衝突防止灯が生き物のように点滅する
高度成長とやらの真ん中で
列島の各地から人が集まり
慣習も匂いすらも違う人々がコンビナートに職を求め
廃液を流すドブ川のほとりに
不法占拠の朝鮮人が住む
市場では彼らの店が並び
ドラム缶に入ったウシガエルが捌かれるを待ち
ホルモンを焼く脂ぎった煙が立ち込める
夏には盆踊りが行われる
様々な人々は様々な思いを胸に
轟く太鼓の音を聞く
暗闇の中広大な空き地にしつらえた丸太のやぐらを周り
流行歌に合わせて人々が一心に踊る
参加者はそのコンビナートの共同体に限られ
他者はやんわり拒絶されている
そのうち全身を隅で染め腰蓑をつけた変装者が躍りでる
ああ 部族なんだなと子供のおれは思った
次の日の夕暮れ 昨夜の狂騒の匂いを残しながら
幔幕を取り払われた丸太のやぐらで遊ぶ
名残を惜しむ子供達は
そのやぐらで「靴隠し」をして遊ぶ
見つけた靴を薄暮れの空に飛ぶ無数のコウモリに投げる
その土地では我らは新参者のよそ者で
巨大な資本に守られた異質な共同体だ
隣の紡績工場の社宅は 高さ3mほどのコンクリートの壁に守られている
今考えれば 何から何を守っていたのか
入り口には守衛室まで置いてあった
さすがに守衛はいない
出入りは自由だ
最近になって 近くを単車で通りかかった
住んでいた場所はもうない
ドブ川は残っていて
その脇に朝鮮人部落の残骸が
片付けられもせずに残っていた
所有権が明白でない土地を行政が手をつけられずに残されたものだ
剥き出しの差別意識を隠そうともしなかったあの頃の
友人たちは元気か
あの時代はなんだったんだろうと
時々考える
戦争が終わって20年ほどが経った頃
あそこで何があったのかよくわからなくなってきている
子供用の自転車をひっくり返してペダルを回し
後輪に砂をかけて「粉屋さん」とか言いながら遊んだ
聞けば日本中にあるらしい
と 春に少し思った
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