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日記一覧

外山滋比古の「日本語の個性」中公新書 昭和51年 を読んだ。少し古いが、今でも通用する箇所もある。シェイクスピアの作品には戸外・野外の場面が多い。劇場そのものも今のように完全に屋内におさまっていたのではなく、舞台や一部の客席には屋根があって

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82歳のプログラマー
2017年08月28日19:03

神奈川県藤沢市の82歳になる若宮さんはiPhoneの開発者である。 彼女は銀行を退職した1990年代からコンピューターに興味を持った。当時は internet もない時代で、マイクロソフトのPCやAppleのMacやiPhoneを始めた。codingの基礎を学び、Hinadan とい

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ノーベル賞の受賞者 Malala Yousafuzaiがオックスフォード大学に進学を認められた。この20歳になる活動家は哲学・政治学・経済学を専攻する計画だ。彼女はLady Margaret HallというCollegeで研究することになる。これはかつてパキスタンの指導者だったBenaz

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Big Benの鐘が4年間お休みになるらしい。8月21日の正午から4年間、修復の作業をするためだという。New Year's Eve のような重要な時には鳴らすが。 過去157年間、毎時間に鳴っていたハンマーが取り外されるとのことだ。私はBritish Councilのツアーで

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橋本陽介の「日本語の謎を解く」 新潮選書 2016年4月刊 を読んだ。慶応義塾志木高校の生徒から寄せられた質問に答える形で、さまざまな疑問に答えている。 「におう」は漢字によって反対の意味になる。「臭う」は臭く、「匂う」だとよい意味になる。

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岡崎久彦の「隣の国で考えたこと」中公文庫 1983年 を読んだ。すこし古いが、韓国に関することを述べたいい本だと思う。著者が昭和48年から51年まで外交官として滞在したときの感想である。1910年に日本に併合され、その間に日本人が馬鹿にして

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黒田龍之介の「その他の外国語 エトセトラ」ちくま文庫 今年3月刊 を読んだ。著者はスラブ語学専攻で、ロシア語を中心としていくつもの言語を操る人である。さまざまな言語を学習してきた様子を書いている。専門外の言語でもいい入門書などをあげている。

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梅棹忠夫の「文明の生態史観」中公文庫 1974年 を読んだ。いかめしい書名から想像される論考ではなく、親しみやすい文体で書かれている。 世界を東洋、西洋に分けるのが間違っている。日本は西洋と同じである。東洋と西洋の間にある「中洋」と呼ぶべき

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外山滋比古の「ことわざの論理」ちくま学芸文庫 2007年刊 を読んだ。「転石、苔を生ぜず」から「終わりよければすべてよし」まで24のことわざについて彼が感じたことを書いている。 冒頭の「転石、苔を生ぜず」は英語の A rolling stone gathers no m

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司馬遼太郎の「草原の記」新潮文庫 平成7年刊 を読んだ。モンゴル民族は草原を馬や羊とともに動き、ゲルと呼ばれる天幕住居の中に、家財道具は持って移動できるだけのものしか持たない。その民族が元のような巨大な国を作り上げた。 一方、ロシアはその勢

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寮歌合唱団の練習
2017年07月12日10:20

寮歌合唱団の練習だった。水戸高校の「嗚呼爛漫の」(昭和10年)、弘前高の「幽溟深き」(昭和13年)、旅順惜別歌(昭和21年)、を練習した。旅順高校は昭和20年の敗戦で校舎はソ連軍に接収された。「懐旧しばしかきくれて 望む旅順の銀燭も 涙の海

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オーケストラ・ムジカ・チェレステの第10回記念演奏会があった。篠崎靖男の指揮で メンデルスゾーン:序曲「真夏の夜の夢」ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲(バイオリン:高木和弘・チェロ:金子鈴太郎)ドヴォルザーク:交響曲第9番

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渡部昇一の「実践快老生活」PHP新書 昨年10月刊 を読んだ。今年4月に亡くなった著者の本だ。保守論壇の旗手としての意見には賛同できないところもあったが、この本で書いておられるのは40年前のベストセラー「知的生活の方法」で述べたことがその後ど

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内澤旬子の「捨てる女」
2017年07月06日17:46

内澤旬子の「捨てる女」朝日文庫 今年4月刊 を読んだ。「本の雑誌」に連載したもの(2913年)を文庫化したものだ。この人の仕事を知ったのは「センセイの書斎」(2011年10月)でだった。イラストルポライターだけあって、ものすごく細密なしかもユーモアの

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ダークダックス
2017年07月05日09:14

テレビでダークダックスの特集をやっていた。慶応大学ワグネル。ソサイエティ―男声合唱団のメンバーで作ったのが昭和26年だった。4人で歌っていたが、マンガさんこと佐々木道正さんが倒れて、しばらく3人で歌っていた時もあった。今はゾウさんこと遠山一

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養老孟司の「京都の壁」 京都しあわせ倶楽部 5月刊 を読んだ。 人工的に作られた新しい都市は最初の何年かは必ず具合が悪くて、自殺者が出たりする。オーストラリアの首都キャンベラ、ブラジルの首都ブラジリアもそうだった。つくばもそうだ。街が成熟し

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茅ヶ崎方式京都校は英語の教室だが、それに出席している人、その他の人でいろんな楽器をやっている人が集まって音楽会を開いている。ピアノ、クラリネット、サックス、マンドリン、フルート、ギター、二胡を弾く人、声楽の人が集まっていろんな曲を弾いた。私

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寮歌合唱団の練習
2017年06月13日22:11

寮歌合唱団の練習だった。この前のつづきで、武蔵高校の「剣道部 西征行」(昭和7年)、松江高校の「端艇部歌」(昭和7年)、浦和高校の「静高遠征歌」をやり、さらに水戸高校の「嗚呼爛漫の」(昭和10年)を練習した。 松江高校の「端艇部歌」は作詞者

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外山滋比古の「乱読のセレンディピティ」扶桑社 2014年刊 を読んだ。セレンディピティとは偶然面白いことを発見することを言う。 新渡戸稲造はカーライルの「衣装哲学」を30何回か読んだという。彼の英文著書 Bushido はその文がしっかりしている点で

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滋賀医大管弦楽団の演奏会だった。指揮 岩井一也で チャイコフスキー:歌劇「エフゲニー・オネーギン」よりワルツ ボロディン: 歌劇「イーゴリ公」より韃靼人の踊り ブラームス:交響曲第2番 ニ長調アンコール:ルロイ・アンダーソン:舞踏会の美女 だ

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岩根山に登る
2017年06月04日20:44

滋賀県湖南市にある岩根山に登るウォーキングだった。正福寺という古刹とそのそばにある古墳、摩崖仏を経て405メートルの12坊の頂点に立った。登りは85歳の脚にはちょっときつかったが、頂上からの眺めは最高だった。

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「しが農業女子100人プロジェクト」と名付けられた運動が読売新聞の「しが県民情報」に写真入りで載っていた。このネットワークを立ち上げた一人の廣部里美さんはびわこフィルでコントラバスを弾いておられたので、懐かしく拝見した。大学で農業を学んだの

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びわこフィルの演奏会
2017年05月29日10:43

びわこフィルハーモニーオーケストラの第18回演奏会・有馬純昭退任記念コンサートだった。 指揮 有馬純昭で ヴェルディ:歌劇「運命の力」序曲チャイコフスキー幻想曲「運命」ハ短調 作品77ベートーベン 交響曲第5番「運命」だった。チャイコフスキー

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外山滋比古の「新聞大学」扶桑社 去年11月刊 を読んだ。 毎日配達される新聞を大学と考えて、勉強するように説いている。 新聞はそろって日曜に書評欄を設けている。面白い書評にはあまりお目にかからない。書評に署名があるからだ。かつては無署名が普通

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最近またやかましくなってきた教育勅語で、特に「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」の部分が批判されている。私の小学生の頃はカタカナで書いて、しかも濁点がなかったのでこういう感じで、「重大事態があれば天皇のために命を投げ出せ」という意味だと思っていた

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鳥飼玖実子の「話すための英語力」講談社現代新書 今年2月刊 を読んだ。 安倍首相がカナダのトルドー首相を「ジャスティン」と呼んでいた。共同記者会見では「ジャスティン」と「トルドー首相」を混在させていた。公式の場ではファースト・ネームでなく、P

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氷見高校の同窓会
2017年05月21日20:17

氷見高校の同窓会の関西支部の会だった。氷見高校・有磯高校の同窓会が合併して開いている。氷見の話題でにぎわった。私の研究社から出した「英語の冠詞がわかる本」を持参した人がいて、喜んでサインした。

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近藤誠の「健康診断は受けてはいけない」文春新書 今年2月刊 を読んだ。前からがん治療に関する著書をいくつも出しておられるが、その本を読むのはこれが初めてだ。 歌舞伎役者の中村勘三郎、横綱千代の富士、棋士の米永邦雄、ピアニストの中村紘子など皆

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混声合唱団「フォレスタ」の演奏会が京都のロームシアターであった。ここで聞くのは2回目になる。 第1部は 故郷、四季の雨、琵琶湖周航の歌、荒城の月など第2部は また逢う日まで、桃色吐息、時の過行くままに などだった。いつもBSテレビで聞いてい

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寮歌合唱団の練習
2017年05月17日15:30

寮歌合唱団の練習だった。武蔵高校の「剣道部 西征行」(昭和7年)、松江高校の「端艇部歌」(昭和7年)、浦和高校の「静高遠征歌」を練習した。最後のは浦和高校が静岡高校に遠征するとき歌ったものだ。中曽根康弘元首相が旧制静岡高校の出身だということ

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