いよいよ...。2016年という年を総括する時期になってきた。自分だけに限っていうと、かなり充実した1年。とはいえ"何かしらを成した"という訳ではなく、達成感のない充実感、という微妙なコンテンツではあったが、達成、という観念的な抑揚を要しないほ
なるほどなあ−と改めて思うのだが全国高校野球選手権大会(通称甲子園大会)というのは歴史が古い。余りにも古いためその開催地は日本国ではなく大日本帝国だった時代もあり、韓国やら台湾の代表が出場したこともあったらしい。そんな時代の高校野球を描いた
年末も迫ったというのに雨が降っている。しかもしとしと、草野球で弱い少年野球チームの外野の子が風邪でも引いてしまいそうな雨。皮膜の用に寒々しい景色を多い、柔らかく発光し、適度な湿潤をもたらすのだが、実際は冷たい。落葉し、冬空の喉仏に突き刺さっ
日記を、というか文章を書くのは久しぶりな気がする。まあそれはそうだろう、昨日まで3連休。よっぽど奇特な人物か、特殊な事情がある限り人は休日に文章なんて書かない。自分の場合いれも該当する、または該当する事情があるばあいもったりする。事情により
黒砂糖を溶かした水でも吸わせた綿のような空。ほぼパーフェクトに設えられた空腸の中からは肌身に感じることは無いが、曝せば身を切るよう。手前に植えられた灌木の静止具合から、風はないことはわかるのだが、わりと近い位置にある山の稜線のやや上空あたり
考えてみるとあと36.ウン分の1も残っているのだがそれでも今年はあと10日。早いモノだ。そう思うことは人生にとってイイコトなのかそうではないのか、微妙なのだが、若い頃より残された可処分時間が少ない分、「いろいろあってよかったです」などと暢気
お昼ぐらいだったか、突然の高熱。おそらく39℃くらいはあっただろう。個人的な特徴として、どんなに具合が悪くなっても食欲だけは減退しない、というか、ますます旺盛になるのだが、よっぽどだったのだろう。昼飯は半分残し、晩飯は食べなかった。こんな事は
長く生きていると自分の好みというのが固定化される。同じような状況での同じリアクションをする。いい意味でも悪い意味でも。深く考えずにうまくやれることもあれば、いくら考えても同じ過ちを犯すこともある。なにぶん無意識なので、ソコを責めても仕方なく
年末も押し迫ったこの時期必ず行っている場所がある。大阪。毎年行っているのだが、その習慣というのがいつくらいからはじまったのか、また目的はなんなのか、自分がやっていることではあるのだが定かではない。なんとなく行っており、また、おそらく、とある
朝っぱらから電車が止まっている。どうやらこの季節のこの時間に線路内に立ち入った人がいるという。事情はよくわからないのだが、その立入りのお陰で数千数万のひとがスタッグし怒りや、他他虐的な感情をストックする。彼らがこの拘束から解き放たれた時、そ
表現行為とエロを抑制すると老化が進むらしい。いわれてみるとまことしやかな格言というのは、この世にごまんと流布されている。言葉や言いまわしといっても所詮は記号の集まりなので、それ自体に真理が宿るとも思えず、耳にするものの体験やら思い込みやらと
今日は遅い時間から雨が降るらしい。毎日土手を歩いている。時間にして10分かそこら。日本のスタンダードなソレがそうであるように、川側の斜面には草木が茂っている。幅10数メートルの河川敷の後、川面へと落ちる。土手は大雨増水から居住区を守る働きも
耳の稜線がおぼこい女子のように赤らむ。付け根辺りをすり抜ける風が内耳の組み立て式のグリコのおまけのパーツ的な小骨を震わせる。尖らせたクチビルで思いっきり吸い込んでいる音がするほどどこまでも深い冬空に吸い込まれているような寒風が吹きすさむ。そ
忙しさに埋まって没してしまっている事。仕事やら、何かしら路頭を組んでやっていることなら、誰かしらが知らしめてくれる。ある時は怒気で、またある時は嘲笑で。若い頃は(といっても若いというのがどれくらいの季節をさすのか不明だが)理不尽にも頭にきて
12月の空..というと、夕暮れの時間が終わりしばらく、いわゆる夜のとばりというのが降りてきた頃合いの西の空。幾重に面束ねられた針のように鋭い昼間の名残が夜空に刺さっている。闇が深すぎるからか、風然の灯火の如くな光がけなげだからか、その色合いと
久しぶりに自宅に向かっている。実に6日ぶり。といっても自分にとってその呼称の場所がどこにあたるのかあやふやなのだが、最も頻度多く夜、躰を横たえる場所、とすると今現在の場所から更に2.3時間電車に揺られた場所ということになる。目ざめは悪い方だが朝
これまでにどれくらいの外国人と話してきただろう。100人くらい、1000人くらい。良く分からないのだが、昨日はかなり多くの外国人(だからなんだ、なのだがほぼ女子)と話す機会を得た。そういえば最近、都内の盛り場、上野、秋葉原、歌舞伎町、といっ
年末。思い出すのが19の頃。まだこの国の原発が爆発するなんて夢にも思わなかった幸せな時代。カネが余ってウハウハいってて、お金使い放題なのかお金に使われ放題なのか分らず、幸せなのかそうでないのか良く分からなかった時代よりは、幸せだったかもしれ
『路を訊くときは女性に訊いた方が良い』とそのイケメンアフガニスタン人は口にした。身長190アッパーすらりとした四肢、ちいさな頭蓋骨を彩る褐色の肉付きはその地域に刻まれた抜き差しならない年月のように深くそして衆目を捉えて放さない憂いを含んでい