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2006年09月20日13:40

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魯山山行 梅聖兪

魯山山行  魯山山行
                    梅聖兪
⑴適與野情愜  適たま野情と愜(かな)う  まさしく世事にとらわれない気持ちに一致した
⑵千山高復低  千山高くして復た低かる   山々は高くそしてまた低く聳える
⑶好峯随處改  好峯 處に随て改り     すばらしい峯が進んでいく場所に従って変化していき
⑷幽徑獨行迷  幽徑 獨り行きて迷う    踏み跡もわからない道を一人行くと迷ってしまう
⑸霜落熊升樹  霜落ちて熊樹に升り     霜が降りて熊は木に登り
⑹林空鹿飲溪  林空しくして鹿溪に飲む   林はひっそりとして鹿が渓流で水を飲んでいる 
⑺人冢在何許  人家何の許にか在る     人の住む家はどこにあるのだろうか
⑻雲外一聲雞  雲外一聲の雞        雲のかなたで雞が一声鳴いた

【詩型】五言律詩【韻字】低・迷・溪・雞(上平八斉)
【校勘】○野情―野興【梅尭臣集編年校注】○徑―逕【瀛奎律髓の諸本】○冢―家【瀛奎律髓の諸本】【全宋詩】○許―處【梅尭臣集編年校注】【全宋詩】所引の校注に「夏敬観云:「苕渓魚隠叢話」引末二句『何許』『何處』。
  【瀛奎律髓の諸本】内閣文庫蔵 木版本・朝鮮版本
  【全宋詩】巻二四一(第五冊―二七九四頁)
  【梅尭臣集編年校注】巻十―一六八頁 

  
【語注】「梅尭臣集編年校注」によると、宝元三年(一〇四〇年。二月に改元して康定元年となる)三九歳の時の作。このとき作者は襄城縣の役人だったが、秋のはじめに大水の被害が出たほか西夏との戦の最中であり、そのための徴用などがあって疲弊した人々を目の当たりにし、直接人々を収奪する役人でいることに嫌気がさして辞任。謝絳の会葬のため、��州に赴いた。この詩は、その道中での作であろう。
※謝絳(九九四―一〇三九)字希深。富陽人。文学をもって知られた人で、時局などを論ずるのを好んだという。大中祥符八年(一〇一五)進士。汝陰縣の知となり、兵部員外郎などを経て知制告・吏部太常礼院の判に至り、国史の編纂に携わったりしたが、請うて��州の知となる。宝元二年四六歳で没す。清廉な官吏であったため、死んだ時にたくわえが無かったという。文集五〇巻(一説に八〇巻)があったというが、散逸して十二首の詩を残すのみ。その中には「答梅聖兪問隠」という作品もある。(「宋人伝記資料索引」五―四一〇六頁・「全宋詩」第三冊―二〇一二頁)
○魯山―河南省汝州南方にある山。○野情―世事に拘束されないのどかな心。○愜―合致する。○幽徑―奥まって寂しい小道。

[方回]王介甫最工唐體、苦於對偶太精而不脱灑。聖兪此詩尾句自然、「熊」・「鹿」一聯、人皆稱其工、然前聯尤幽而有味。(王介甫最も唐の體を工にして、對偶太だ精にして脱灑ならざるを苦む。聖兪の此の詩尾句自然、「熊」・「鹿」の一聯、人皆其の工を稱す、然れども前聯尤も幽にして味有り)
【現代語訳】王介甫(安石)は唐のスタイルに最も巧みであったが、対偶に精通するあまりあかぬけしないという点で苦労した。聖兪(梅尭臣)のこの詩は尾句が人為的ではない。「熊」・「鹿」の一連はみんながその巧みさを賞賛するが、その前の連が奥深くて味がある。
※對偶―二つの語句が対になっていること。「春華秋実」「口密腹剣」など。対句もそれに当る。
 [紀�粥郎”湘�當(此の評的當)。
 【現代語訳】この評は的をえている(「然前聯尤幽而有味」に対する評)
 [許印芳]論梅詩固當、論王詩卻不盡然。虚谷毀誉人往往信口亂道、不足深責。故暁嵐於其評語之旁渉他人者、多不置辯也(梅詩を論ずること固より當、王詩を論ずること卻って盡然ならず。虚谷の人を毀誉すること往往にして信口亂道、深く責めるに足らず。故に暁嵐其の評語の旁に於いて他人に渉わる者、多く辯を置かざる也)。
【現代語訳】梅(尭臣)の詩を論ずるのはいうまでもなく正しい。王(安石)を論ずるのは反対に全てを尽くしていない。虚谷(方回)が人を評価するのは往々にして軽率で出まかせなのであまり責めてもしょうがない。それだから暁嵐(紀�粥砲�その評語のあまねく他の人に関係する部分の多くには評論を加えていないのだ。
[馮舒]此亦未辨其爲宋詩、却知是梅(此れ亦未だ其の宋詩爲るを辨ぜず、却りて是れ梅なるを知る)。
【現代語訳】これもまた宋詩というものを解説しないで、むしろこれが梅(尭臣)の詩であることを理解させてくれる。
[陸貽典]無句不妙(句の妙ならざる無し)。
【現代語訳】どの句も味わいが無いものはない。
[査愼行]句句如畫、引人入勝、尾句尤有遠致(句句畫くが如し、人を引きて勝に入る、尾句尤も遠致有り)。
【現代語訳】一つ一つの句が絵を描いたようで、人をひきつけて勝れたところに導いてくれる。尾句がもっとも遥かにめぐらす思いがある。
[陸庠斎]落句妙、覺全首便不寂寞(落句妙、全首便ち寂寞ならざるを覺ゆ)。
 ※この評は「査初白十二種詩評」(上海六芸書局刊・石印本)の査愼行の評語の後に書いてあるもの。所蔵者は不明。
【現代語訳】落句に味わいがある。全首はそのままで物寂しくない感じがする。
[無名氏(甲)]魯山、在南汝州(魯山、南汝州に在り)。
【現代語訳】魯山は南汝州に在る。



現代語訳など、中国詩人選集で筧文生氏がやっているほうがよさそうだが、たたき台なのでこんなレポートでいいだろう。
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