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2026年10月14日00:01

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やはりこのお伽話は、とてつもなく深い意味を持っていると思う。クレイグ・ギレスピー監督「ラースと、その彼女」(2007)。

これまたHDVRでしか保存してなかったので、レンタルDVDで見直しました。2007年の11月にAFMで見ています。ラブ・ドール(ダッチ・ワイフです)を恋人だと主張する内気な青年ラース(ライアン・ゴズリング)を、彼が住む小さな町の人々がみんなでその彼女であるビアンカを迎え入れるというお伽話なのです。

まず兄のガス(ポール・シュナイダー)は、ダグマー医師(パトリシア・クラークソン)が“ビアンカを受け入れよう”と言っても、“無理だ”と主張します。しかし町の人々はみんな、ビアンカをラースの彼女として認め、日常的につきあおうとするのでした。ビアンカは町の教育委員会の仕事までこなすようになります。

ラースは、自分を出産したときに亡くなった母親に対する負い目があり、それらが重なって、たとえば異性からハグされたら“痛み”を感じてしまうのでした。そんな内気なラースを、町の人々は仲間としてきちんと受け止めるのでした。この“社会のありかた”こそが、僕にはアメリカン・ウェイに思えるのですが、トランプ一派は全く正反対ですね。

今回、じっくりと楽しみ直したので、このラースの論法でアメリカン・ウェイ新党ができるといいなと思います。もっとも、こういうお伽話をマジに信じる人は少ないと思う。でも実際は、ひとりひとりが“理解”を示すということがとても大事なのだと、この映画は教えてくれます。

ダグマー医師は諭します。“私たちが精神疾患と呼ぶものは、必ずしも単なる病気ではないの。それはコミュニケーションだったり、何かを解決する手段だったりすることもあるのよ(What we call mental illness isn't always just an illness. It can be a communication; it can be a way to work something out.”と(翻訳byグーグル)。

映画のラストでビアンカは亡くなり、ラースは“葬式に黒い服は着てこないで。この葬式は普通とは違うんだから”と皆に告げます。牧師さんが率先してそれを受け入れる。そしてラースが、仕事場の同僚マーゴとつきあい始めることを示唆して、この映画は幕を閉じます。はたしてラースは、愛を成就できるかどうか? それは我々次第なのです。

この映画を初めて見てから19年が過ぎようとしています。時の流れは早い。しかし、世の中のギクシャクした状態は、全く旧態依然として何も変わっていませんね。ま、自分が変わらないから、社会が変わらないのですけど。写真2は教会に参列したビアンカ。そして写真3は、ラースと結ばれそうなマーゴ(ケリ・ガーナー)です。「ワン・モア・タイム」(2015)に出ていました。
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