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2025年08月03日23:51

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日吉館の思いで

最近「奈良の秘密教えてちょ!誰も知らない自分の秘密の奈良をどんどん教えてください!《公式》」というグループに入った。
もう奈良に行くことはないと思うのだが、それでも入ったのは、日吉館という旅館について書いておられる方がいたからだ。
奈良の登大路にあった旅館;日吉館は、自分にとって、青春の宿であり勉強の場だった。
初めて日吉館に行ったのは、紀伊半島を一周する一人旅をした時だった。
私は高校2年生で、明日香の橘寺の宿坊に泊まり合わせた早稲田大学の方に声をかけられ、面白そうなので行ってみたのだ。
法華寺でヒッチハイクした車に乗って夕方日吉館の前に乗り付けた。
後でわかったのだが、これは志賀直哉や会津八一が定宿にしていた日吉館に対しては、かなり大胆な行動であったらしい。
しぶるおばちゃん(女将)をあの早稲田の方とお仲間が説得してくれて、泊っていいということになった。
部屋はフルカドと呼ばれた6畳くらいの相部屋で、夕食は、最初は外で食って来いということだったが、「どこかに紛れ込んで食っちゃえ」と言われて、それに従った。
夕食後、私を泊めるように頼み込んでくれた人たちが食器を洗ったりしているので、私も義理があるから手伝った。
そんなことで、親しくなった人たちの作っていたグループに入ることになった。
そしてそれから毎年奈良に行くようになった。
定宿は、もちろん日吉館だ。

何年かして、日吉館が一般旅行誌などで取り上げられるようになり、盗難事件が起こったりして、おばちゃんが客との信頼感を持てなくなっていった時期があり、そんな頃、こちらも自分の生活で忙しくなってきて、日吉館とは少し距離を置くようになっていった。
絶縁するのではなく、べったりにはならないということだ。
我々の仲間の親戚が奈良県警に勤めた(キャリアなので数年で東京に戻ったが)ことなどあり、グループとしての縁は続いていたのだ。

私もたまに行くと、「勝手なことばかりしている」と新しいおばちゃんのとりまき(?)に陰口をたたかれるようになり、居心地が悪くなっていった。

そんな頃から、おばちゃんの相談相手になってくれる人が出てきたらしいといううわさを聞いた。
それが「奈良の秘密教えてちょ!誰も知らない自分の秘密の奈良をどんどん教えてください!《公式》」というグループで日吉館についてのトピックスを立てていた方じゃないかと思い当たった。
2〜3度日吉館で会っているように思う。
かなり精神的に参っていたおばちゃんにとって、それは幸いなことだったろうと思う。
やがて日吉館が閉店したと聞いて、すぐに電話して「泊りに行ってもいいですか?」と言ったら、「いいよ。すぐおいで」と昔と同じおばちゃんの声が返ってきた。
誰も泊まっていない日吉館。
「どこでも好きなところに寝ていいよ」と言われて、初めて女性の宿泊場所だった裏二階の部屋も覗いてみた。
帰りにこれまでのお礼も兼ねて宿泊料を置こうとしたら「いらん」という。
それで、そのお金でアイスクリームを買ってきて、みんなで食べた。

入院のお見舞いにも葬式にも、我々のグループの代表が行ってくれた。
人生の終わりには、自分の一生が走馬灯のように展開されるのだと聞いたことがある。
ここで一つの走馬灯が見られたのかもしれない。

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