「パラサイト」以前のポン・ジュノさんが手掛けた作品は、数本を除いて見ております。登場人物の生立ちや才能、そして社会情勢含む境遇とか。描き方は日常風景の中オフビート調だったり、ミステリーや時に特撮要素を前面に押し出したりと、「韓流」にありがちな興味を惹くための強引な手口とは一線を画する抑制が効いて、見る側が好きに思い巡らせられる「間口」の広い語り口が、ワールドワイドに受け入れられた証拠が数々の前作での受賞でした。
ただ、動かしようの無い現実や断ち切れない関係性だとかを、ただ受け入れざるを得ないという諦念のようなものに満ちた苦い味わいで作品を締めくくって来た傾向が、ハリウッドのメジャースタジオの後ろ盾が付いた途端、世界市場を意識したのもあったのだろうけれど。個人にとっての受け入れ難さを、一旦「頭をからっぽ」にして突き抜けてみせた感じでこの作品は、ポン監督作品歴のカラーからサマ変わりにも受け取れる。
今から遠い先の時代。主人公のミッキーは、事業の失敗で残った借金と命の保証もない取り立てから逃れたい一心で、契約書の内容も読まずに未開惑星のクルーに紛れ込み何時終わるとも判らぬ開拓の旅で宇宙に飛び立ち地球上での痕跡を消す。これで安息が訪れるかと思いきや。ミッキーのお仕事は、危険極まりない業務を問答無用に課せられて。そこで、息絶えても最先端の再生技術で生き返らされて、また危険と隣り合わせの仕事を請負わされるという、逃避と引き換えに無間地獄に落とし込まれたのだ。
原作では「7」らしいですが、映像化で更に10回の再生を課せられた。展開として出来事を経過通りに送らず、ツカミとして物語のターニングポイントを見せて。そこまでの経緯を遡って、冒頭に戻って進行するので再生回数をカウントする事はなく。パターンの繰り返しによるマンネリは避けられている。
最先端の複製技術で苦境からの最終手段である「死」が選択出来ない状況というのは、それこそ、貧困だとか紛争におとしめられ否が応でも向かい合わざるを得ない今の時代の「例え」とも見做せる。そして、ミッキー自身も、「蘇られる」のは決定事項なので、負のループから進んで脱却しようとは考えていない。初めての死を迎える前に、セキュリティ担当の女性と「深い仲」なっていて、帰る居場所もあるので苦境にも慣らされて。そもそも、死を目前とした際の心境なんて、ミッキーの契約を知る他者に興味本位で訊かれても再生時にはリセットされているので答え様も無く、借金返済を迫る者も現れないので状況を甘受している。
そんなミッキーの尻に火が付くのは、17番目の再生時に開拓先の惑星での任務で一時の間「消息不明」となって。居住区に戻った時には、死んだと誤認されて再生18番目の自分と顔を突き合わせて、自身が同時に二体存在してしまった事件から。
SFものは、なにかの「仮説」をもっともらしく「補足」するものだと、何処かで聴きました。そういう意味でも、本作は、今の世の中で起きている事の裏付けが取れる事象や登場人物が散りばめられていて。なかでも、クローン技術に纏わる「倫理的」な問題提起も、面白エピソードの付け加えと同時に、見る側に「すうっ」と入り込んで面白味も高まって。
クローン再生にあっては1体だけでないと、混乱が生じるのは必然な訳で。従って、再生17回目のミッキーは、居てはならない存在となったので、「生き残る」という選択肢を取って現状に向き合わねばならなくなる。
本国で撮っていた頃のポン・ジュノ監督であれば、ここで苦い結末を選択したのであろうけれど。SF設定の舞台なのもあって、現実には考えられない存在、例えば開拓惑星に住む原生生物だとかを巻き込みんで。「現実は明け入れざるを得ない」から、「向き合えばなんとかなる」事もあると、多少ですが変容してみせる。
ミッキー役のロバート・パディンソンさんは、「テネット」でも、逆回転世界にあって献身的な働きをして受難型の役柄でナイーブそうな風貌もあいまってファンを増やしました。本作でも、17番目と18番目のミッキー並存時の、気弱で良い人格とイケイケの悪い人格の一画面上の同時演じ分けで技量の深さで魅せます。愛する女性と、同じく開拓団にワケありで紛れ込んで来た、多様性志向の女性(カイという名で黒髪なので東洋系かと思ったら。「ザ・フラッシュ」でのスーパーガール役の方と同じく東欧系なのね)や、オタク技術者らの自身を偽らず表の世界で大手を振って歩きたいって発露による協力も得ながら、行き付いた先では、「自由の身」として開拓惑星での現地人との「共存」を目指す。
「ほんとうに死ぬ気になって頑張ってみたら、人生大逆転」なSF調コメディーとして新生ポンさんを讃えられるところではあったのだけれど。どうしても設定に「説明要素」も入ってしまうカンケイか、脳内で補足せざるを得ない事象もあったりしてリズム感が欠けるキライは拭えない。
とはいえ、クリストファー・ノーラン巨匠がコロナ禍の経営方針に立腹して去ったあとも、叙事詩的な「砂の惑星」に続いて、本作のようなライトコメディタッチのSF作品を送るワーナー映画社の姿勢は支持したいです。
拙文にお付き合い頂き、ありがとうございます。
シネマサンシャイン沼津 シネマ�,砲�
ログインしてコメントを確認・投稿する