2023年も残りわずかとなりました。先週ふと、このヴェンダース作品を見ようと思ったわけです。でも考えたら、仕事納めや学校の休み入りなどで映画館は混んでいる(はず)と思い、30日か31日なら空いているだろうと考えました。でも上映時間だけは調べておこうとムービーウォーカーを覗いたら、なんと23区内で17館も上映しているではありませんか。
とはいえTOHOシネマズが多く、どうせ出かけるなら散歩がてらと考え、そうすると渋谷か六本木、もしくは日比谷かなとなります。渋谷のTOHOシネマズは、スクリーンサイズを暗幕で調整しなくなった最初の映画館だから僕は嫌っています。六本木と日比谷は、都営地下鉄と組み合わせると適度な散歩が可能。そこで昔から何度も通っているシャンテにしました。
日比谷に行くには目黒から都営地下鉄。それならいつものイトーヤでコーヒー・ランチを楽しんでから、ということでイトーヤ営業最終日の29日に観ることに決めたのでした。しかしヴェンダースが“日本映画”を作るなんて考えても見なかったな。日本人俳優たちが東京に住む人間を演じ、日本語しか話しません。
一人だけトイレを使いに来た女性が外国語らしきものを使ったのですが、“どうもありがとうございました”と日本語で礼を言ってますから、きっと日本語を喋ったのだと思います。僕の耳が日本語にシフトしていたから聞き取れませんでした。
でも、そんなの関係ない(例によってbyミエセス)のでした。スカイツリーを見上げる押上近辺のアパートに住んでいて、毎日渋谷区の公衆便所を清掃するのが仕事の平山(役所広司)を、カメラは淡々と追います。そう「東京画」で、池袋で僕がなじみだった(というか同じビルに勤めていた)とんかつ屋南禅の姉妹店を登場させてくれたヴェンダースならではのタッチでした。
決して“名前が平山だから心に響いた”のではありません。そして平山が、未だにカセットテープでカーステレオを鳴らしているから“心に響いた”訳でもありません。カセットから流れる音楽が、アニマルズの“朝日のあたる家”だったから“沁みた”です。僕にとってアニマルズは、ビートルズやストーンズと並ぶ、三大ロックアーティストの一つなのです。
学生時代に兄貴の独身アパートに半年以上住み着き、毎朝その3大ロックLPを聴いていた僕です。まさしく平山が出勤途上にカセットをプレイするその行為がダブりました。おまけに“朝日のあたる家”で、それもボブ・ディランではなくアニマルズなんですから、僕は思わず身を乗り出しました。
実は平山が目を覚ます巻頭、音声がモノラルなので“え?”と感じたのです。しかしこの“朝日のあたる家”が流れ出すと、音声がステレオに広がります。さらに中盤からは、たとえば昼食時の公園では右手遠方から鳥の鳴き声がかすから聞こえたり、幼い子供の遊び声が聞こえてくるのです。このSEの設計が僕にはツボでした。
僕はパティ・スミスをあまり聴いたことがないけれども、オーティス・レディングの“ドック・オブ・ベイ”はラジオでお馴染みです。ベルベット・アンダーグラウンドもニーナ・シモンも名前しか知らないし、ローリング・ストーンズの“スリーピー・シティ”なんて曲、どのLPに入っているのかすら知りません。でも、そんなの関係ない。
そもそも台詞が極端に少ないのがいい。クリント・イーストウッドが「硫黄島からの手紙」で、下手な日本語セリフをワンテイクOKして(多分ね)、僕はあの映画をきちんと見る気を無くしました。だからヴェンダースが極端にセリフを少なくした手法には諸手を挙げて賛成します。セリフはSEと同じで、きっとドイツ語吹替版を字幕無しで見ても僕は同様に楽しめたと考えます。
つまり、平山が行きつけの飲み屋で、ママが“あれ、掛けましょうか?”というセリフも、僕には不要でした。さすがにそこで“軍艦マーチ”を掛けるはずがありませんが、“朝日のあたる家”が僕たち“全共闘世代”の“軍艦マーチ”だという発想は、すんなりと受け入れます。だからといって、イトーヤさんは“朝日のあたる家”を掛けてくれませんよ。←それを始めたら通うのをやめる…? でもアバの前後に流れてたかも(笑)。
最初僕は、いずれ字幕が出るものだと考えていました。しかしついに字幕は出ません。しかし僕にはラストのニーナ・シモンの“FEELING GOOD” の歌詞は字幕なしでもいい。僕自身が心の中で、“それは新しい夜明け、そして新しい日、新しい人生の始まりだ”と、すんなり字幕を付けていたからです。
まさに2023年の最後にふさわしい“セリフ”でした。“明日は別の日だ”と締めくくった大作アメリカ映画もありましたが、それより今回の歌詞のほうが僕にはぴったり来る。阪神タイガースが日本一になったことは、もう過去のことなのです。無料放送で録画した数々の試合を、名場面集としてHDDに保存しようとしたけど、それもこの歌詞を耳にしたらもういいか、と思えます。
だって1985年の総集編DVDを買ってあるけど、もしかしたらまだ“封を切ってない”かもしれないのです。自身で録画したフジテレビのプロ野球ニュースを、2時間ものベータマックス2本にまとめたのは何回か見ましたけどね。
ということで平山がタカシから1万2千円を返してもらったかどうか、気にする必要はありません。「ブロンクス物語/愛につつまれた街」(1993)でチャズ・パルミンテリが言ってたでしょ。“会いたくないやつがカネを返しに来ないなら、手切れ金だと思え”と。そのとおりですよ。
てなわけで僕は、この映画のトリビアや他作品とのコネクションなどを語る気になれません。そんなことを語り合うよりも、ヴェンダースが呈示した“生き方”を語り合うほうが有益だ。おっと、また“コスパ”を考えてしまったな。そう、僕は骨の髄まで“資本主義”にどっぷり浸かっているのです。斎藤幸平先生、ゴメンナサイ。←先生だって、そうだけどね(笑)。
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