僕が初めて見た高倉健の映画は、たぶん「森と湖のまつり」でしょう。散弾銃を顔に浴びた高倉健の姿が強烈に残っていますが、話の中身は先日有料CSで見直して、はじめて分かりました。とはいえ僕は、健さん主演の映画を追いかけたことはなく、東映ヤクザ映画は監督名で追いかけていました。だから「緋牡丹博徒」などの特別出演しか記憶にない。
てなわけで最近有料CSやBSで古い映画を放送してくれるので、聞いたことのない題名の映画をちょくちょく録画しています。今回は「黄門社長漫遊記」(1962)と「ごろつき」(1968)を見ました。その前に「東京丸の内」(1962)あたりも見ているのですが、どうも高倉健の青春物にはついていけません。相手役の女優さんが誰かで選別します。
てなわけで「黄門社長漫遊記」を見始めたのですが、水戸黄門を題材にした“東宝社長シリーズ”のイタダキにしか思えず、下手なくすぐり笑いが気持ち悪くて睡魔に席を譲りました。監督は小石栄一で、先日「旋風家族」(1959)を見て、“こんな映画が作られていたから、日本映画の衰退は必然だった”と腐したばかり。もう“捨て置け、捨て置け”状態です。
そういう意味で「ごろつき」を見ました。つまり、もう少しきちんと“娯楽映画”にしてくれているだろうと思ったしだい。物語は、廃坑の危機が襲う九州の炭鉱から、キックボクサーをめざして上京する若者の物語でした。大場勇(高倉健)は、同級生の山川一郎(菅原文太)と上京しますが、ボクシングジムにすらたどり着かない。
てな題材を、1968年によく映画にしましたね。高倉健は御年37歳ですよ。菅原文太も35歳。そのお二人が、まるで高校生(中学生?)みたいな雰囲気を出そうとしてます。脚本は石松愛弘。この人、いくつか面白い作品があったと思ったので、これなら水戸黄門の会社社長よりはマシだと思ったのですが。五十歩百歩でした。そう、出来は倍違う。
なにより僕は、キックボクシング・ジムの会長(大木実)の妹役で吉村実子(写真2)が出ていたので大満足。今見ると、厚化粧が似合わないし、見ちゃおれんはずなのですが、吉村実子は僕には、テレビの映画紹介番組のMCで刷り込まれてます。なんでも姉の芳村真理が海外に出かけたため、代役を仰せつかったのだとか。そのころの僕は彼女に夢中でした。
もちろん「豚と軍艦」も「鬼婆」も見ていないのに、テレビに写った吉村実子にお熱を上げたしだい。何かというとサユリストが多かったあの時代に、僕は吉村実子に夢中になりました。実際は4歳も年上だから“無理”なはずなのにね。←あ、こういう表現に突っ込む方は、僕の日記を読まないようにお願いします。僕は世界一わがままな映画ファンです。
ということで今回も、別に色っぽい姿を見せるわけでもない吉村実子様を眺めて、無理ばかりの物語を見てしまいました。結局はヤクザ映画の定型にハメてしまうけど、冒頭の貧乏悲惨系の展開はどこへ行ったんや? 石山健二郎扮する元親分の流し歌手の元締めあたり、なかなかええ感じなのですが、高倉健が流しで歌うというのは、どうもねぇ…。
だって酔客が“歌え”と言って歌う曲が“網走番外地”ですよ。つづけて歌うのが“唐獅子牡丹”。当初のキックボクサーへのあこがれはどこへ行ったん?←新聞少年が交通事故死して、現代やくざの渡辺文雄へ怒りをぶつけるって、あまりにも安易な展開でしょ。当時すでに「博徒解散式」が出てるんだから、もちっと世の中を読んでよ。
しかし僕は、十代半ばにトキめいた吉村実子様との再会だけで十分です。何?「どですかでん」にも出てたやろって? 黒澤映画は、色付いてからの作品を認めません。そんなん見直すんやったら、やはり「豚軍」と「鬼婆」でっしゃろ。岡田茉莉子と「かまきり」にも出ていたか。いやいや、井上梅次監督作品には手を出しませんよ。
ということで、60年代に娯楽映画の王道を歩んでいたと信じていたマキノ雅弘監督ですが、こういう残念な作品もあるんですね。“聞いたこともない”映画は、やはり手を出さないほうが賢明なのでした。写真3は「豚と軍艦」の撮影時スナップらしい。このころお会いしたかったな。
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