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2023年08月20日17:29

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「バービー」を見て。〜納得を阻むカルチャーの壁は、如何ともし難くも。ピンクカラーの作られた街の恒久的原動力は、現世と鏡写しの世代性別を超える人形の世界観にあり。〜

作品中に、ほんのチラっと見える片寄った見解の地図だとか、SNS上のファンアートだとか、本作の「意図」とは全く関係の無い、動員にはプラスにならない事で、ネタ提供の事態となってお気の毒としか言いようが無い。

正に同時期に掛かっている男の子向けの玩具がモデルとなると、その世界観が、なんの躊躇いも無く持ち込まれて、さも現実世界がひっくり返ったかの大騒ぎを楽しむ図式ですが。

対して、息の長い女の子向け玩具がモチーフの本作は、宣伝の売りの限りでは、「おもちゃ」の世界に閉じた様に受け取られて、男の子向けのもそうだけれど、見る前に感心有無の選別が付けられてしまう感じ。何事も、第一印象に係るけれど、この「バービーワールド」が、単に玩具体験の再現の主眼では無くて、現実社会の人間様の生き方の「写し鏡」に仕立てられているうえ、人形社会の戯れの内に、広く認め合わなければならなくなった現代社会にあって、自分自身の在り方に確信や安堵を持たせる主張まで織り込んで、ハリウッドメジャー作を任せられても、流されない、独立系映画人の心意気を示している。

但し、作品全体をまとめ上げるのが、米国カルチャーを基調としたコメディベースである事。加えて、我が国に関して言うと、バービーの存在を掻き消す独自の女の子向け人形玩具の文化土壌が出来上がっているのもあって、先の騒動以前に、如何にグローバル化をもってしても、興味を引くのは至難の業であるところへ来て、理想的な商業映画のテーマの健全性をはらんでいたとて、親しんだカルチャーの壁はいかんともし難く、万人が飲み込み易い作りでは無いのだけれど、だからと云って、本作の価値を全く、貶めるものでは無い。

「バービーランド」では、新旧、廃版タイプも含んで、様々な肌の色、職種、大きさのバービーたちと、彼女らに付随して存在する、これまた様々なボーイフレンドのケンらが、ポップな色彩の中とりわけピンク色が眩しい絵に描いた様な快適な毎日の生活を繰り返している。そんな、永遠の日々が続くかと思いきや、マーゴット・ロビー扮する、容姿だけが取り柄の「定番」バービーは、人形にはあるまじき「自意識」に囚われ、周囲の完璧さとのズレを認めざるを得なくなる。

シンディ・ローパーみたいな風体の完璧な世界の隅に身を置く、訳知りの「変わり者」バービーに「定番」が相談したところ、自意識もズレも、ここではない人間界に行くと解決できると、半ば強引に指示されるまま旅に出かけると、バービーの付属的存在に、薄っすらと違和感を抱いている、ライアン・コズリング扮する「定番」バービーの添え者ケンも同行する事となるのだが。自らの意志ではない二体の旅は、勿論、無事には終わらない。


外見はともかく、頭の中がスッカラカンな「定番」のマーゴットが、「啓示」を受けて人間界にやって来るのも、人形世界を創りし創造主じゃなく製造主のマテル社の導きあればこそ。我が国では、出演作が殆ど未公開ビデオスルーのウィル・フェレルが、社長さん役で久々顔をみせて、喜劇畑出身の持ち味で茶化して見せてキャラクター権利会社として寛容さを示しているけれど。余談でしたが、「定番」マーゴは、親の代表者たる玩具会社が、あるべき「女性らしさ」として、容姿はもちろん、社会のありとあらゆる方面に進出して活躍する姿を玩具化して良かれと思って提供に努めて来たけれど、人間界では、思春期くらいで既に、毎日がピンク色の生活に懐疑的になって、醒めているのを見せつけられる。

方や、バービーの付属的存在を受け入れていた「定番」ケンのコズリングは、人間社会では、男性が主体的に、世の中を回している事に大いに感化されて。動揺するマーゴを置いて、先に人形界に引き返した「定番」コズリングは、他のケン達を賛同させて、大統領と作家だとかステイタスを持つバービー達に、従属を吹き込み、外見はピンクの映える世界のままケン支配の社会に一変。これだと、単にバービーランドが、元の女性主権への回復を計るための「戦場」となって、人形世界に、社会進出や、男性女性の役割の公平化の意味合いを籠めたものと捉えられ兼ねない。けど、そういった政治的な補正が、構想の主眼では無い筈。

先に、永遠の女の子達に向けて、人形界から「あるべき姿」を玩具から先見性や希望を示してきたけれど。容姿の問題はもちろん、男性はもちろん、多くの人々との関係もそうだし、職業の選択肢も増している分、「自分はどうあるべきか」で迷うべき事が多いのが現実社会を投影されている。玩具のパッケージ通りには行かないものだというのを見せたうえで、女性はもちろん、男にも広げて貰って、暗中模索の世となってしまったのを、バービーランドの騒動に凝縮している。マーゴが人間界から連れて来た、マテル社の社員で、思春期の娘に手を焼いている、アメリカ・フェレーラさん扮するグロリアが、本来の姿を手放しつつあるバービーたちに話しかけるセリフに籠っていて、そこは、見せ場になっていました。

ただ、あるまじきケン世界から、元のバービーの世界への修復を図る件が、アメリカの生活感というか、男女間アルアルだとか、ニュアンスが判り難くて。それ前提で、他のバービー達の「感化」を解くための方策だとかが、コメディ基調で実行されるので、ピンと来ないというか。高畑充希ちゃんらの吹替え版だと、どうなっているか気にもなるも、身銭は切らないけど。

特報動画で見た、地上にそそり立つ、巨大な水着姿のマーゴットバービーを仰ぎ見た女の子たちが、それまで遊んでいた赤ちゃん人形を叩きつけて壊す「2001年宇宙の旅」のパロディ描写が、本編でそのまんま使われていて。ケンが、男尊思想に染まる際の80年代の代表作でのスタローンの姿だとか、例のトラボルタのディスコキングが踊る姿だとかのフッテージに、後半ケン同士のイザコザが、ミュージカル調に展開する背景が、「雨に唄えば」で、ジーン・ケリーと女性のペアで踊る幻想シーンに似た感じだとか、映画ネタでは、くすぐられる個所もあったけど。ただ、女性に対して、「ゴッドファーザー」を熱く語って悦に入るとか、日本男子には、覚えが無い。あと、コズリングのケンも解けなかったとしていた、サラブレッドが、男社会の象徴と思い込んでいたフシも、人形の勘違いにしては、こちらにはピンと来なかった。

ただ、転んでも「レディ・バード」、「若草物語」を手掛けて来たグレタ・ガーウィグ作だと認識させるのは、アメリカ・フェレーラと、アリアナ・グリーンブラット、そして、全バービーの前に姿を現す、リー・パールマン演じるマテル社の元社長。バービーを介した、そしてバービーそのものの母娘関係の躓き、衝突を経て継続する関係性である。ファンタジーを突き破る、冷静に考えると、人形にあるまじき、生身を感じさせる、あの「オチ」ですが。これも、将来の母娘関係を予兆させました。

拙文にお付き合い頂き、ありがとう御座います。
シネプラザサントムーン 劇場��にて

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