韓国映画の歴史を見直していた。
羅 雲奎 (나운규 1902-1937)の「アリラン(아리랑)(1926年)」に始まる韓国映画。
抵抗の歴史だというのだが、それだけだろうか?
私の韓国関係の師匠だった李丞玉さんが、この映画のことを言って、私も当然知っているだろうと思っていたのだが、私は知らなかった。
今になって許せないのは、その時、調べなかったこと。
例えば明の戚 継光(1528-1588)のように、中国人なら誰でも知っている人物を知らないというようなことで、その時間はちゃんと韓国と向き合っていなかったんじゃないかと思える。
「風の丘を越えて/西便制(1993年)」で有名な林 權澤(임권택 1936年- )の「太白山脈(1994年)」は、監督自身の経験にも根差しており、壮絶な社会的圧力を受けて、二部作になるはずだったのが、一部しか作れなかった。
イデオロギー対立というと、済州島4・3事件(1948年)や保導連盟事件(1950年)を連想してしまうのだが、そうした歴史を知った上での文 在寅(문재인)政権の成立だったということ。
むろん、日本以上に北の工作員が入りこみ、政界やマスコミも抑えていると思うが、それだけではないということ。
もっと書きたいのだが、今日は根気が続かない。
(-_-;)
ログインしてコメントを確認・投稿する