書道でも著名な副島蒼海の漢詩。
哀孫點(孫點を哀む)
来安孫點去東都。 来安の孫點 東都を去り
碧海投珠名月孤。 碧海 珠を投じて 名月孤なり
日本晁卿不帰久。 日本の晁卿 帰らざること久しく
白雲秋色満蒼梧。 白雲 秋色 蒼梧に満つ
さて、この詩を読んで、すんなり理解できる人がどれだけいるだろうか?
私もサッと見て、李白の詩を踏まえての作であることはわかっても、個々の字句がわからない。
来安は唐の東都長安になぞらえて東京に来たということだろう。
孫點は人名だが、この人がわからない。
ネットで検索したら、『夢梅華館日記』の作者としてヒットした人がいる、光緒年間に実在した文人らしい。
file:///C:/Users/kuniichi%20syumizu/Downloads/T3406_W.pdf
この論文を書いた陳捷さんは、来日したときに一度お目にかかったことがあるが、その後音信途絶えているので、手紙を書いて「孫點ってどんな人か教えて」とやるには疎遠すぎる。
とにかく、来日して副島種臣らと交友し、清に帰朝した人であるようだ。
「碧海投珠名月孤」の句は、いかにも出典がありそうだが、珠のような月が海原にポツネンと浮かぶさまで、元詩の「明月不歸碧海沈」を意識しての詠だろう。
日本の晁卿は言うまでもなく唐名を「朝衡・晁衡」とした阿倍仲麻呂のことで、これも李白の「哭晁卿衡」詩を意識しての句。
蒼梧は舜帝の墓があるとされる中国湖南省寧遠県にある山のことだが、李白が「白雲愁色滿蒼梧」と詠んだのと同じく、蒼梧のある場所。広く中国を指しているのだろう。
愁を秋に変えたところが妙か。
プレゼンとかするなら孫點についてもう少し調べてからにするが、読むだけならこんなことで読んだ気になれるだろう。
〈参考〉
哭晁卿衡
晁卿衡を哭す 李白
日本晁卿辭帝都 日本の晁卿 帝都を辞し
日本の晁卿は帝都長安を去り
征帆一片遶蓬壺 征帆一片 蓬壷を遶る
行く帆は一片,蓬莱を巡る
明月不歸碧海沈 明月帰らず碧海に沈み
ところが明月は帰らずして緑の海に沈んでしまい
白雲愁色滿蒼梧 白雲愁色 蒼梧に満つ
白雲の愁いの色が蒼梧の地に満ちる
【注】 阿倍仲麻呂が難破して死んだという誤報に接して作った哀悼の詩。
以上。
私にはこの程度しか読めないという自虐日記ですわ(笑)。
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