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2021年12月21日23:40

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『明治文学回顧録集(1)』筑摩書房 昭和55年の拾い読み。(1)

内田盧庵の『おもひ出す人々』
「鴎外博士の追憶」(初出は「明星」1922(大正11)年8月号。初出時の表題は「森鴎外君」)
小倉時代より前の若き森鴎外と内田盧庵の交流を回想しているもの。
内容はもちろん興味深いのだが、当て字が読んでいて楽しめた。
例示する。

「何の用かと訊(き)かれてムッとした。」
聞く 聴くを使うのが一般的で、「訊(き)く」を使うのはちょっと珍しいかな。
詰問的なニュアンスが込められているようで、なかなかいいなと思ったのだが。

「運動旁々」
「かたがた」は、「方々」か「かたがた」と平仮名で書くのが、今は一般的だろう。
「運動のついでに」というニュアンスが伝わってきて、これもいい感じだと思った。

「ツヒ唯(た)つた今」
「たったいま」は「ただいま(唯今)」の音変化なので、これでいいのだが、今はこんな書き方をする人はいないだろう。

「容子」
「ようす」は「様子」と書くことはよくあるが「容子」を使う人は少ないかも。

「故更(ことさら)に」
これも、「殊更に」は使うが「故更」は使わないだろう。「故に更に」というニュアンスを込めているのか。

「怫然(むっ)とした」
これもまず使わないだろう。
ふつぜん
「怫然」は、怒って顔色を変えるさまなので、「ムッとした」は当ててなかなか妙だ。。

「詫(あや)まる」
「謝る」で詫びるわけだから、これも当てて妙だ。

「深夜に偶(ふ)と眼が覚めて」
「偶々(たまたま)」の偶だから、イメージが通じている。

「迚(とて)も」
これはたまに使っている人がいるだろう。

「豪(えら)がる」
「偉がる」ということ。豪の字を当てる人はあまりいないだろう。

「左(と)に右(か)く」
「左右」は中国語では「〜くらい」という意味なので、中国語由来ではなさそうだが、これで何で「とにかく」なのか?

「調戯(じゃうだん)ぢゃ無い」
「冗談」は使うが、この「じょうだん」は使わないだろう。

これはもう、江戸の戯作者の流れを感じるし、もっと進むと泉鏡花のようになっちゃうのかなという印象を持つが、今から見れば常道じゃないところがとても好きだ。


「鴎外が抽斎や蘭軒(らんけん)等の事跡を考証したのはこれらの古書校勘家と一縷いちるの相通ずる共通の趣味があったからだろう。晩年一部の好書家が※(「木+夜」、第3水準1-85-76)斎(えきさい)展覧会を催したらドウだろうと鴎外に提議したところが、鴎外は大賛成で、博物館の一部を貸してもイイという咄があった。鴎外の賛成を得て話は着々進行しそうであったが、好書家ナンテものは蒐集には極めて熱心であっても、展覧会ナゾは気紛れに思立っても皆ブショウだからその計画も捗取はかどらないでとうとう実現されなかった。(この咄については『明星』掲載当時或る知人から誤解であると手柬しゅかんして訂正されたが、これもまた鴎外自身の口から聴いたのだから、鴎外の思違いかも知れぬが取消さずに置く。)」
この話、川瀬一馬も書いていたような気がするのだが、やっていたらぜひ見に行きたいものだと思った。
関東大震災前なら、焼けてしまった安田文庫や阿波国文庫に入っていた(「木+夜」、第3水準1-85-76)斎(えきさい)の本も見られただろうし、得るところ大きかったんじゃないかと思うので。


「若い人たちの中には鴎外が晩年考証に没頭して純文芸に遠ざかったのを惜おしんで、鴎外を追懐するにつけて再び文芸に帰る期が失われたのを遺憾とするものがあった。
 が、私の思うままを有体ありていにいうと、純文芸は鴎外の本領ではない。劇作家または小説家としては縦令(たとい)第二流を下らないでも第一流の巨匠でなかった事を肯(あえ)て直言する。何事にも率先して立派なお手本を見せてくれた開拓者ではあったが、決して大成した作家ではなかった。
 が、考証はマダ僅わずかに足を踏掛(ふみか)けたばかりであっても、その博覧癖と穿鑿(せんさく)癖とが他日の大成を十分約束するに足るものがあった。『帝諡考(ていしこう)』の如き立派な大著を貢献されたのは鴎外の偉大な業績の一つである。考証家の極めて少ない、また考証の極めて幼稚な日本の学界は鴎外の巨腕に待つものが頗すこぶる多かった。鴎外が董督(とうとく)した改訂六国史(りっこくし)の大成を見ないで逝いったのは鴎外の心残りでもあったろうし、また学術上の恨事でもあった。」
これも同感。
鴎外の真骨頂は、史伝にあったんじゃないかと思う。
特に弘前医官だった渋江抽斎は蔵書家でもあったし、もう少し長命だったらと思うと、せめて鴎外がその生涯を辿ってくれたことが、供養になったんじゃないかとも思った。



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