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2021年07月17日08:39

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シン・エヴァンゲリオン劇場版(EVANGELION:3.0+1.01)舞台挨拶中継付き上映を見て。 〜複数回でも、見どころは尽きず〜

<キャラクターや、ストーリーに纏わる込み入った話は、身内のソバの方と済ませたので、大雑把な視点で徒然と。なんて、前々回から謳っているけれど、多分、今回もスルーは覚悟して。>

育ての父は、TV放映で頭を使わないハリウッド製アクション映画を見るのが、好きで。よく、新聞のTV欄で放映チェックをして、その日の視聴意志を固めるのだが。時に、放映の途中、過去に視聴済の作品と判るや、「なんだ、見たヤツか」と、あからさまに残念がったものだった。傍で、そういう態度を目の当たりにして、なにも、そこまで口にする事も無かろうにと、口には出さなかったが、常々反発が湧き上がっていた。

通常フォーマットを初回に見た後、IMAX版を2回見て。流石に、4度目となれば、見飽きてしまうんじゃないかと過った。けれど、テレビシリーズから29年携わって、今回の劇場版で、公に初めて舞台挨拶した総監督が、再び、声の出演者と共に登壇する舞台挨拶の中継付きで、しかも、入場の際には「お土産」のスタジオ制作の薄い本(昔は、見る度に買っていた500円くらいした作品のパンフレットに近い、結構な紙質のホチキスとじの立派なもの)と、原画監督描き下ろしで2人のキャラクターのうち、どちらが手渡されるか分からないA4サイズのポスターカード(傍の方とツガイ割引で入って、各々が気に入りのキャラクターを入手出来て円満に済みました)も、貰えるとなれば、今回は、惰性で見てしまっても御の字かと、切符を買うのにもナメて掛かったものでしたが。

傍のヒトとも話したけれど、飽きるどころか、前回まで見て受けた感慨を、更に、上書きしてしまいました。

2時間半以上の長丁場が行く手を断ち塞ぐのではないかと、覚悟もあったところ、マンネリ克服のサポートとしてあったのが、先のNHK放映された、本作の製作に携わる総監督に密着したドキュメンタリーと、本作公開途中で、一部カットを変更編集した版への切り替えです。

編集の差し替えについては、冒頭のツカミ部分のパリでの攻防の際のエヴァ8号機が、ギリギリで危機を回避するまでの動きが、違っていたような曖昧な感覚と、これは、確信ありますが、第三村での生活描写で、劇伴と共に各キャラクターの様子を掬っていく流れで、これまで見覚えのないカットを幾つか見つけました。でも、それらは、ホント本作の醍醐味の中にあっては、些末な事。

本編後の舞台挨拶で、総監督は、目標の上映時間に収める事が出来ず長尺となった分、やりたかった表現方法は全部つぎ込んだと、達成感が露わでしたが。NHKの番組の中で目に付いたのは、第三村の全体像を俯瞰する、アニメーションには似つかわしくないミニチュア作製と、東宝のスタジオで、CG映像込みの完成映像を作り込む為の試作映像を撮影するために、全身タイツを纏ったキャラクターの動きを補足するためのモデルを撮った「プリヴィズ」と呼ばれる、完成映像のための下準備であった。

「風の谷のナウシカ」の巨神兵の動きを任された若き日の総監督が師事した、駿巨匠の根底思想に通じる本作前半の第三村描写において、1950年代のコミュニティ文化と、マッドマックスのディストピア世界の融合の自給自足社会に於ける、リアリティを構築する、わずか数分のために、ミニチュアでその世界観を創り出したとすれば、予算に出し惜しみしない姿勢の現れとして再認識せざるを得ないし。原画の書き手の想像だけに頼らず、「プリヴィズ」で、モデルとカメラを動かして、トコトン構図を追っていた様子は、精神的ショックを負ったシンジ君の癒えない心的外傷からの「揺らぎ」を表現するうえで、病床のベッドで目覚めた時の視界に広がる、再会した同級生たちの動きの不安定さや、動作の飛び加減などに活きていたような。

そうして積み重なった描写が、主人公の心的外傷克服の「説得」として、長尺になったとは言え、限られた作品時間の中で、後半の最新映像表現、音楽、声の演技を総動員したスペクタクルかつ、内相的で、パーソナルな作り手の考えや思いが詰まった展開に見事繋がっていると改めて、実感する機会となったのです。

空の上の我が父には、とても理解できないでしょう。

かのNHKの番組内で、楽しめる「作品」を届ける事が、生涯の使命のような話しぶりを、総監督は、されていましたが。テレビシリーズから、この新劇場版に至るまで、ファンもそうだし、各スポンサーやら、スタッフ、キャストに至るまで、受ける重圧は並大抵じゃなかったと想像に易くないけれど。これだけの見るべき映像を産み出して、尚且つ、単なる大衆受けに留まらず、個と社会との係わりだとか、パーソナルな考えを籠めながら、商業映画として成立させているのはさすがだし、この29年間の人間としてのあり方の経緯を感じずにはいられません。かっては、自分に付きまとうなとばかりに、冷や水を浴びせるような、突如現実に向き合わせるような「実景」が、入ったものだったのに。

ケリをつける、本劇場版のクライマックスの一連の描写で、彩色も外した鉛筆線の原画に戻し、「実景」も入れて、長きエヴァの束縛から、作り手も見る側も解放しようと仕向けるけれど。総監督が、この話や、心情を代弁させた各キャラクターに向き合い、虚構と現実の橋渡しとして、精魂注力したお陰で、何度見ても、見る度に、心動かされて、突き放されたような冷たさは覚えない。

舞台挨拶中継で、総監督は、ひたすら観客にお辞儀をしてくださいましたが、こちらこそ、ありがとうございましたと、周りに聴こえない様に、音にならない拍手を送りました。

舞台挨拶では、25年前のTVアニメ制作現場の混乱ぶりの一例として、最終回のアフレコ本番前日の深夜に、各キャストの自宅のファックスが、決定稿を、巻物の如き感熱紙を吐き出したそうで。アフレコ当日に届いた、台本は印刷機の熱を帯びていて。黒味と白味しか映らない画面を前に、まるで、ラジオドラマのような録音をしたとか。90年代ならではの、エピソードが紹介されました。

そして、主人公の声を長きに渡って吹き込んだ、緒方恵美さんも、多くの少年役をこなされている芸歴から、含みある表現で、作品への献辞を申されていて。「演じていく以上、要求に応えるべく鍛錬をつむのが、役者であります。けれど、「運」も掴めなければ、この世界ではやっていけない。14歳のシンジは、私の一部です」と。映画のニュースサイトでも、動画で見られますが、リアルタイムで、聴けて良かったです。

来たる7月21日で、劇場上映から引き揚げられてしまうそうですが、単に、私が、中二病を患って居るのか、誰かに見て貰って、診断してもらいたいものだけど。

拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
シネプラザサントムーン 劇場��にて

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