江口節さんがフェイスブックで清水茂さんが亡くなったと書かれていた(1932年生まれ、87歳）。亡くなったのは今月16日だが11日の詩人クラブ例会には元気にスピーチをされていたとのことだ。江口さんは座談会のメンバーで上京していたという。人はそのように去るものなのだろうか。彼の詩を援用するなら私たちは、まだパスポートは有効ではないか、と言い、彼はもう使わないというのだ。
私はさして親しい間柄ではなく清水さんはイヴ・ボヌフォワの友人で翻訳家というイメージが強かった。『イヴ・ボヌフォワとともに』が出た時はすぐに購入して読んだ。柴田さんが詩人クラブ賞を受賞したとき彼も来ていたのでその本の話をした記憶がある。私の詩集『しおり紐のしまい方』への返礼に詩集『一面の静寂』が毛筆の署名入りで送られてきた。前年の現代詩人賞と知っていたが全部を読むのはそれが初めてだった。すばらしかった。昨年の現代詩人会の詩祭の時、会釈して通り過ぎようとしたら近寄ってこられて「三好達治賞おめでとうございます」と握手を求められた。誰かが言っていた。清水さんは握手が好きで、手がふくよかだと。本当にふくよかで柔らかい手なのでびっくりした。
昨年の『詩と思想』9月号の巻頭言に清水さんは「詩について考えること」を書かれている。新元号についてのものだが、「令和」が「わが国固有の」と喧伝されていることに対し「人麻呂や芭蕉や良寛を最良の詩人と私が思うのは、彼らの衷に『わが国固有の』何かを認めるからではない。彼らの宇宙観、自然観の衷に、むしろ時空を超えて偏在するすぐれた詩人たちと等質のものを認め得るからである」とし「民族や国家、さらには宗教までも自己中心的に凝縮していく現代」の排他性を超えて、「詩人は他者へむかって自らの心を、自らの言葉を開いてゆかねばならない。それは私たちの義務でもあるのだ」と書かれている。人は心が呼吸するための僅かな空気を必要としており、それは言語間の差異を超え出る詩や音楽やノートルダムにあったという。（上記のことを私は『詩人会議』昨年11月号の「現代詩時評」に書いた）。
些細なことと言われそうだが、彼の最終二冊の詩集は片起こしを許容する編集である。しゃれた詩集は右側ページから始まり、終わったところが右側ページの場合は左ページは白にして次の見開きから新たに始める。詩集は贅沢にページを使うのが慣わしなのだ。しかし私は自分の詩集を出すとき、ほぼ掲載篇数のページが無駄になる（20ページ超）ので、その分、あと数編が入ることを思って左ページからも始める片起こしとした。ダサいと言われるかもしれないなぁと思いながら。なので、清水さんの素晴らしい詩集が片起こしだった時、妙にうれしかったのであった。
昨年10月に刊行された『私のものではない言葉を』が最後の詩集となってしまった。この詩集の末尾におかれた作品は全６章からなる14ページの長詩である。この詩に限らず、いつも死を意識されていたことは多くの詩に見えるが、この詩は特にその意識が強いと感じられる。長いので冒頭の篇のみ写しとり、ご冥福を祈りたい。
誰かが呼んでいる
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誰かが呼んでいる、誰の声か、
「もういいだろう、ねえ 帰っておいで！」
私は何処にいるのか、声はどこから聞こえてくるのか、
それに 私は何をしているのか。きっともう
いつもどおりに夕暮れだ。誰の姿も見えない。
帰るべき私の家は何処に？
あの声、聞き覚えのある懐かしい声、
「ほんとうに長いあいだ、旅を続けていたね、
おまえはもうひどく疲れているよ、
おまえはいつもひとりだった、
おまえはたくさんの人に出会った、
もう帰っておいで！ そろそろ時間だよ。」
周囲には誰もいない、それなのにあの声！
私は自分の家にいるのに まだ
どこかへ帰らなければならないのか、
それはどこなのか、旅は終わっているのに！
みんないなくなった、それなのに
みんな私の中にいて、つぎつぎに
黙って笑いながら チラッと顔をみせてゆく。
「もういいだろう、ねえ 帰っておいで！」
ほどなく とっぷり日が暮れる。
旅に出ていたのだとすれば、
私のパスポートはまだ有効なのか、
それにパスポートを持っているのか、
どうすれば自分の衷に、自分の外に
まだ思いのままに動くことができるのか。
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