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2020年01月25日19:17

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血はどのように乳になったのか----『女に聞け』を読んだ

宮尾節子詩集『女に聞け』については耳にしていたが、数日前には毎日新聞で和合亮一さんが書き、翌日に松下育男さんが「井上陽水と宮尾節子」という池袋の詩の教室で話した内容をフェイスブックにあげていた。全行引用されていた作品がすばらしかったので、本を買おうとアマゾンに申し込んで、最後のクリックを押そうとしたら、あれ?4千円近い。間違えて2冊買ってしまったかと目をこらすと本体が1800円(税抜き)なのに発送料が1700円とある。どうやら品薄で、マーケットプレイスなどでは高額発送料手法で儲けようとの魂胆らしい。で、その購入はやめ、他を探したが私の知る通販チャネルでは入手が難しく息子に探してもらって購入した。そこでも最後の一冊だった(ただ、詩集を置いている大手書店によってはまだ店頭にあるらしい--今の時代はそんなこともネットで分かるのかと驚いた--。

翌日には届いたので先ほど読み終わったが、すばらしい詩集だった。メッセージ性が強いが、観念的・政治的なものではなくて実感から語りかけられ、しかも詩表現としても非常に魅力的である。人が生きる喜びや悲しみをこのように直截に描けることに感嘆する。よく引用されるのは「けんぽうきゅうじょうに、ゆびいっぽん/おとこが、ふれるな。やかましい!/平和のことは、女に聞け。」(「女に聞け」最終部)なので、改憲反対論者でフェミニストか?などと表面的な区分けに走りたくなるが、全部を読むと、この強権的な発言の根源にあるものがわかってくる。彼女は女が「恥ずかしい恰好をして、ひとりで踏ん張らなければ/あなたは、この世に生まれて、来れなかった」と書く。「あのときの、ひどくみじめに敗れたわたしの姿から、生まれたあなたの世界が(しかし、あなたが生まれた瞬間に、恥ずかしいが、誇らしいに変わった!)/愛であることを、/(生まれたものが、命だったからだ。)/平和であることを、/(広がったものが、喜びだったからだ。)/わたしは、信じて疑わない。」

この詩は二重に読める。敗戦後の日本、それを平和と呼ぶことを敗北ではなく誇りに変えてもよいのだ、と。私は自分が男だなぁとショックを受けた。戦争がらみでいうと「何を忘れたか」で戦中の戦争協力詩について書いているが、その中で「あの日/多くの帰らぬ者に/捧げられた戦争詩も、/弱者の味方の/役割を果たしている訳だ。/まっとうな、詩の役割を。」と書いていることに驚いた。しかし戦争詩=悪という図式で語るのは戦中の裏返しになってしまう。見方はいろいろなのだ。しかし最終連で「詩はその時何を誤ったか、/詩は誤ったのだ。/弱者の味方である故に/おのれの声の救済を」と記している。詩は自分が詩であることを捨てたのだ、と。私は詩は役に立たないものでいいと思っているが、それは最後の行の思いと重なるように感じた。

この詩集の魅力のひとつは、詩や言葉への愛の深さである。詩で詩や言葉のことを書くのは難しい。しかし彼女が書くとその生きた言葉が小動物のようにじゃれついてくるようで、詩が好きでたまらないのだなぁと思う。

最後に私がもっとも感動した詩を。それは「乳の流れる歌」という詩で、冒頭に長いエピソードが引用されている。出産のあと子ラクダを拒絶し乳をやらなくなる雌ラクダが草を食べなくなり群れから孤立していく場合に、モンゴルの人々は歌を歌って親子のつながりを復活させるのだという。笛や琴を使って歌い三番くらいになると雌ラクダは涙を流し子に乳を与えるようになるという。この歌う習慣はユネスコの無形文化遺産に登録されたという。これだけで詩といってよいような光景だが、これに対して作者は、初めて乳が出るときの痛みを憶えていると言い、雌ラクダは母と子のこころが通った、涙ではなく「自分のからだの中の血が、乳に変わるときの/痛みに、こぼれた涙だ」と書く。そのあとの展開はすごい。血が白い乳になるために、血は自らに敗れて乳に変わるという。血は赤いまま流れることをこらえて泣くのだと。これは同時に「血と血の、戦いを闘うな」との反戦の詩でもある。最終の二連は「赤い/血の流れる歌から/白い/乳の流れる歌になるために//詩は/泣くのだ」である。これから読みたい方にはネタばれがすぎるかもしれない。しかし実際に読めば私の要約など意味のないものとなるだろう。この詩集はめったにお目にかかれない名作に数えられると私は確信している。

この種の文章を書いたらひとつくらい完全な作品を提示すべきだと思うので、他では引用されてなさそうなものを一つご紹介しておく。

ちなみに彼女は1990年代に『ラ・メール』で賞をとったこともある詩人。また5年前にツイッターに書いた詩「明日戦争がはじまる」が話題となってブレイクしたそうで(私はその詩はさほど評価しない)、今度の詩集はクラウド・ファンディングにより刊行されたそうだ。その点でも話題作である。

 ないたらいい
            宮尾節子

にゃあと
鳴いたら 猫とわかるように
わんっと
鳴いたら 犬とわかるように
ひとも
鳴いたら いいと思うの

やめて と大きな声で
助けて と誰かに

こころの 声を
からだに とりもどして

猫や 犬や 小鳥だって やってる
むつかしい ことじゃない

それでも それでも
鳴けなかったら ば

泣いたら いいと思うの

胸の底には 不思議な海があって
そこから あふれてくる
涙は かならず きみを助けてくれる

だから 泣いたらいいと思うの
どうしても 鳴けなかったら

思いっきり 泣いたらいいと思うの

胸の底から あふれてくる
きみがきっと きみを助ける

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