mixiユーザー(id:2281137)

2018年11月28日11:01

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曇天のmixi日記67

本来、遠方の友の息災など、知れるはずがなかった。

筆まめな人物であらば、季節おりの手紙のやり取りなんぞあるやもしれぬが、多くの場合、せいぜいが年賀状、それもなき場合、下手をすると訃報をもらうまで、その所在すら分からぬ、といふのが普通であったのだ。

ネット、といふものの登場でその常識は崩れ、いつでも遠方の友の動静が知れるやうになったのは、まぁ悪いことではないのだらう。
本人が発信する気さえあらば、今や世界のどこにゐても、その所在は明白にできる。


商売柄、ネットやSNSといふものはビジネス・ツールだと捉えており、自身やバンドのサイトの更新、広報を怠ることはほとんどない。
もともと筆まめな男であり、一つのことを愚直に継続する事が苦にならぬ性格であり、そもそも暇だから、それを面倒に感じたことはない。

だがまぁ昨今SNSの鼻息が荒いのに辟易す。
たれもかれもがなにかに対して発言せねばならん、やうな風潮は正直疲れる。
物事を一面からしか捉えぬ視線から、何かをこき下ろす記事や、それに賛同する動きを見るにつけ、ゲンナリす。


『今朝、庭の椿が花をつけました
 季節がまた変わらうとしてをります
  お身体をいたわり、息災にお過ごしください』

 
さういふもので良いではないか、と思ふ。


あら?
なんか書こうと思ったことと違う話になってゐる。

まぁ えぇか

また



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