田邊貞之助『ふらんすの故事と諺』（紀伊國屋書店 1959年）
REMY DE GOURMONTの『Une Nuit au Luxembourg』を読んでいて箴言風の表現が面白かったので、フランスの諺の本を読んでみようと思いました。まずはいちばんボリュームのあるこの本から。「成句と成語」、「諺と格言」、「俚諺」、「名句」の4部に分けて解説されています。名句はそれを書いたり言ったりした出典が明らかなものという意味で他と違うことは分かりますが、他は掲載されている実例を見ても、正直区別がよく分かりませんでした。文化史的背景により成り立ったものが成句、比喩を主として思想信条を伝えるものが諺、教訓を直截に述べたものが格言、庶民の間で広まった常套句が俚諺というぐらいで、雰囲気はぼんやりと分かりますが、実物を見ても区別が難しい。
逆に、どれにも共通する特徴は、
�〇�数が少ないこと。単語数2語から20語ぐらいまで。俚諺は比較的字数が多い。
�∧庫‥�に、言葉の省略や倒置が見られること。
�Ｂ仂氾�な言葉を並べる対句や反語をよく使う、
�て以�、身体部位、身体動作、職位、家族、生活の道具がよく出てくること、などでしょうか。
言葉を短縮するあまり、判じ物のようになって意味が分かりにくいもの、また昔の出来事や風習がもとになったものや昔の言葉が今日では別の意味に変わってしまっているものなど、説明がなくては理解に苦しむものがたくさんありました。
これから読む予定の他の諺の本も、だいたいアルファベット順に整理されていますが、類語辞典にあるように、これを意味別で整理すると、人間の知恵を考えるうえで、面白いものができるのではと思ったりします。さらに欲を言えば、各国の諺を意味別に似た者同士列挙すると、その国のお国柄が分かるのではないでしょうか。例えば、今回も、日本の諺とよく似ているが内容が少し違うのがあって、面白かったのは、「棚からボタモチ」がフランスでは、「Attendre que les alouettes vous tombent toutes rôties dans le bec.（雲雀がすっかり焼けて口のなかへ落ちてくるのを待つ）」（p7）、「大山鳴動、鼠一匹」が「La montagne accouche une souris（山が鼠をうむ）」（p59）で、後者は日本側が西洋の諺を訳したものということらしい。最近はやりの言葉「与えられたところで咲きなさい」と似たようなものもありました。「Où la chèvre est attachée il faut qu’elle broute.（牝山羊はつながれたところで草をくわねばならぬ）」（p164）。
あとがきに、「無味乾燥の辞典風になるのをさけるために、著者の感想ないし駄弁を自由に織りまぜて、随筆風の味をもたせようとした」（p295）と書いているように、読み物としても楽しくなるような工夫がありましたが、反面、面白すぎるほど素直な感想が吐露されていて、諺を引用し解説しておきながら、「この諺は必ずしも真実でないらしい」とか「だから、この諺は嘘だ」（p207）と書いてみたり、「フランスの諺は、女をけなすことにおいて、まさに天下一品」（p250）と言いながら、自分も解説で、さらにそれに輪をかけたような女性蔑視発言をしています。古き良き？男社会ならではと言えましょう。
私にとっていくつか新しい発見がありました。萩原朔太郎の『月に吠える』と同じ「Aboyer à la lune（月に吠える）＝いくら騒いでもどうにもならないことに対して叫ぶ」（p80）という成句。先日買ったポルノ小説らしき『LA Belle Alsacienne ou Telle Mère, Telle Fille』で見かけた「Telle mère, telle fille（この母にしてこの娘）」（p218）という俚諺など。
印象に残ったものを下記に列挙します。
Briller par son absence.不在のゆえに光る/p15
一時間の幸福をのぞむなら、酒をのめ。/一日の幸福をのぞむなら、結婚しろ。/一週間の幸福をのぞむなら、豚を殺せ。/永遠の幸福をのぞむなら、坊主になれ/p49
Qui borne ses désirs est toujours assez riche.欲を抑えるものは常に十分に富む（ヴォルテール）/p124
De toute chose il faut considérer la fin.特に終りを考えよ/p125
Nous mourons tous les jours.我らは日々に死ぬ/p156
Qui va doucement va longtemps.ゆっくり行く者は長く行く/p194
Qui songe à oublier, se souvient.忘れようとするものは思い出す/p195
Mon verre est petit, mais je bois dans mon verre.わが盃は小なれど、我はわが盃にて飲む（ミュッセ）/p263
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