「剣道日本」スキージャーナル社 2006年5月号。
剣道では、攻めを意識するようになったら初級は卒業と言われるのだが、逆に言うと、攻めがわかるという事は、自分が攻めているというだけではなく、相手から攻められているということもわかってくるという事であり、理合いなどを考えるようになって、迷ってくるという事でもある。
こうした、文章で攻めを扱うとき、内容としては技術論にならざるを得ないと思うのだが、それはそれで意味があるとは思うが、真の攻めはそんなところには無い。
いや、自分も、数年前までは技術論で攻めを扱っていたかもしれないのだが、野間道場で、栗田先生にかかっていく6段をみて、考えを変えた。
栗田八段が、ただ構えて立っているだけなのに、6段の構えが崩れていく。
打つ機会が無ければ、機会を作らなければならないのが6段以上の常識なので、声を出し、攻め込もうとするのだが、気に押されて、へっぴり腰になり、出て行けない。
そんなことがあるのかと疑問に思われるかもしれないが、あるのだ。
目の前で見ることは、たぶんそんなにないと思う。
それだけの力を持った剣士が、実際に稽古している姿を見ることはそんなに多くないからだ。
そんな剣士が通っていた、講談社の野間道場で稽古出来て、幸せだったと思う。
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