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2017年01月30日22:17

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外伝2『人狼』改稿版 その1

『人狼』〜『アルデガン』外伝2〜

                   ふしじろ もひと

 第1章 焼け落ちた村


「これが……、これが人間のしたことなのか」
 斬首された村人たちの死体の山を前に赤毛の若者は呻いた。
 アルデガンがレドラスからの巨大な火の玉の襲撃により破られて五日後、アルデガンから逃れ出た魔物たちの足跡を追って三人はこの村にたどり着いのだった。だが、そこに広がっていたのは想像を絶する破壊の跡だった。

「魔物はこの村に入ったんですよね? グロス師父」
 赤毛の剣士の鳶色の目が隣に立つ巡礼姿の小柄な中年男にすがるように向けられた。
「私たちは足跡を追ってここまで来たんですから……」
「そなたもわかっているだろう? アラード」
 グロスは沈痛なまなざしを死体の山に向けたまま応えた。
「これは剣による傷だ。それに魔物の足跡は固まったまま村の反対側を突っ切っていた」

「レドラス軍はここで魔物どもに遭遇したようだ。連中の紋章の入った装備があちこちに散らばっているし野営の跡もある」
 グロスと同年配の熊を想わせる巨漢の戦士が歩み寄った。
「やはりそうか。ボルドフ」
「ああ」
 ボルドフは苦々しげに唸った。
「レドラス軍はこの村を襲うと村人を皆殺しにして火を放った。そして村の反対側に野営するため邪魔な死体をここにまとめた。魔物たちが村にきたのはその後だ。足跡は奴らが野営した場所をまっすぐ突きぬけている。それに王の乗り物らしい派手な戦車が横倒しになっている」
「では、王が吸血鬼に襲われたというあの話も」
「やはり嘘ではなかったのだろうな」

「……これじゃ魔物となにも違わないじゃないですかっ!」
 アラードが叫んだ。叫ばずにいられなかった。
 村を焼かれたノールド出身の仲間の気持ちが、憎しみが初めてわかった。そう思った。そう信じた。
 けれど、ここは彼の村ではなかった。殺されたのは見知らぬ者ばかりだった。


−−−−−−−−−−


 レドラス軍が最初に踏みにじった国境近くの村にノールドの遠征隊の姿があった。王城リガンで組織された遠征隊は集めた兵士たちの村々を回りながら国境へ向かったのだった。
 王宮は彼らの憎悪と敵意をあおるためにそうさせた。兵たちも自らの目で確かめずにはいられなかった。
 彼らが見たのは地獄だった。

 金髪を振り乱したその長身の兵士は、青い瞳の色さえ血走って定かでなくなった目で二つの首を凝視していた。
 父の首はカラスについばまれ、顔の肉が半分そげていた。崩れかけた母の首は、にもかかわらず苦悶の痕跡を留めていた。

 ほんの一週間前まで、彼グランはアルデガンの剣士として魔物たち相手に死闘を繰り広げていた。二十五歳というアルデガンで戦う者としては年長の部類に入る年齢こそ彼の力の証であった。仲間が次々と倒れる中グランは死力を尽くして戦い抜いた。
 それも家族をはじめとする背後の人々を守る意志ゆえだった。決して魔物の牙になどかけてはならぬという思いに支えられてのことだった。

 その彼の背後で、父は、母は惨殺された。人間の手で。
 いや、人間であろうはずがなかった。レドラスの者が。
 守っていた者を襲ったのは魔物でなければならなかった。彼は皆を守るために魔物と戦っていたのだから。
 自分は魔物から守るために戦っていたのだから。父を、母を、妹を……。
 ……ミラはどこだ?
 グランは幽鬼のごとく立ち上がり、憑かれたように死体の山を掘り返した。
 首はどこにも見つからなかった。だが、無残な狼藉の跡を残す首なし死体が見覚えのある腕輪を着けていた。

 それを見たとき、彼の心のなにかが砕けた。決して失われてはならぬものが。
 迸しる絶叫はもはや言葉の態をなしていなかった。獣のごとき咆哮だった。それは血風に乗りどこまでも尾を引き続けた。焼け落ちた家々と死体ばかりの平野のただ中で。


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