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2015年12月17日19:25

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「こころの時代」無着成卿

日曜日にやっていた「こころの時代」を見る。

無着成卿88歳。生きてたんですねぇまだ。
「山びこ学校」で時代の寵児となり、注目されると山形県の山元中学校を辞めて駒澤大学の学生になり、一転して明星学園の教師になって、子供電話相談室の相談員や教育評論家として活躍して、いまは大分県の寺の住職。
山の学校教師より名声を求めたんじゃないかとか、金で動かされる人間なんだとか、悪口を言う人もいたけど、たぶん、今の無着成卿を作るための時間であり遍歴であったのかと思う。

彼の実家は曹洞宗のお寺。
御父上は、息子が入ったばかりの小学校で「みんな天皇陛下の子供です」と教わって来ると、「天皇陛下もお釈迦様の子供。おまえたちもお釈迦様の子供」と言うような人だった。
戦争の時代で、無着も生き延びるためには海軍兵学校か陸軍士官学校に入った方がいいんじゃないかと思って話すと父親から「おまえは何が習いたいんだ?微分積分など学問的なことなら普通の大学でも勉強できるだろう。海軍兵学校や陸軍士官学校はどこが普通の学校と違うかと言えば、人の殺し方を教えているかどうかだ。寺の子が、人の殺し方を勉強してどうする」と言われた。
それで、山形師範学校に入学して中学校の先生になった。

日本曹洞宗の宗祖の道元禅師の言葉を書きとめた「正法眼蔵随聞記」に、「質問したいのにしない。言いたいのに言わない。そういうことは、自分の損になる」という事が書いてある。
師匠は、質問するから答える。質問もされないのに教えるのは、独善になる危険がある。

※前にも書いたが、これは、「これを知るを知るとなし、これを知らざるを知らずとなす。これ知るなり」という論語の子路編にある認識を踏まえて、「知らざるを教えしか?」という反問に通じる自省で、私も賛成。
 だから、聞かれもしないことを、つぶやく以上に教えたくないのだが、世に教えたがりは多い。

教育が変わったのは池田内閣からだという。
高度経済成長期で、農業が切り捨てられ、産業国家に変身しようという時期。
農業従事者を産業界の歯車として引き抜こうと言う国家戦略で、そのための知識や従順さを教え込む、つまり、自分で考えて行動する人間ではなく、型にはまった人間を作ろうとする教育に変わった。
六年前に廃校になった山元中学校の跡地には「山びこ学校」の記念碑があり、そこにはこう書かれている。
「何でも なぜと考える人になろう」
その否定形ですね。

仏教者としての言葉はこんなところか。

電車で老人に席を譲る。
「ありがとう」と言われていい気持ちになる。
だからまた譲ろう・・というのでは、まだいかんという。
席を譲れる人間と言うのは、神や仏のような人間なのだ。
自分が席を譲れたというのは、それに一歩近づいたという事。
感謝すべきは譲られた人ではなく、自分の方なのだ。

その通りだと思う。

長年連れ添った奥様が、認知症で寝込んでいるそうだ。
その介護をやっているとか。
何年と言うのは、大変だろうと思うが、「これも修業ですね」と笑う。
だから、彼のこれまでの人生はこうしたことが言える人間になるための時間であったのかと思った。

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