先月、珍しく行事が集中し、激忙の壱ヶ月を過ごした。
ライヴが19本あった上に、新規の企画、企画の監督、リハ、レッスン・・・、明らかにワシといふ人間のキャパを越える壱ヶ月だった。
で、それをくぐり抜けてしはすに入った。
今月も忙しくない訳ではないが、先月に比ぶればのんびりした進行で、友人知人のライヴによく出かけてゐる。
純粋にオーディエンスとして楽しみ、誘われれば打ち上げにも出て、楽しく飲み喰ひ語りしてゐる。
斯様な時の流れを大切にしたい、と思ってゐる。
みんながイッパイイッパイの処で回してゐる世の中だ。
さういふ社会は、誰にもイッパイイッパイの努力を強いる。
ひとつコトを憶えたら、次はこれだ!と次々にやってくる。
さういふのが好きな人には、刺激的で良い世の中だらう。
あぁどぅぞお好きに進化しなさい、躍進するがいい、と思ふ。
だが、少し前の日本がさうであったやうに、人生の半分くらいかけて憶えたスキル・・・技術でもセオリィでも良い、・・・それを使えば、残りの半分くらいは、もぅなにも考へずとも過ごして行ける・・・、さういふ社会も良いと思ふのだ。
「この技さえ憶えれば、一生食いっ逸れはない」
そんなスキルが、少し前までは、確かにあったのだ。
しかも、あちこちに。
さういふのを、本当に「成熟した社会」と云ふのではなからうか?
人生の半分くらいかけて身につけたスキルが、さぁこれから、と云ふ時に使えなくなってゐる世の中が、まっとうだとは、ワシにはとても思へない。
なけなしの身入りの中から、削り取るやうに納め続けた挙句、支払い年齢がどんどん引き延ばされ、この先まったく信用がならない年金のやうなものだ。
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