ある方と詩の話になったので、久しぶりに、詩の話。
昔、伊勢に友人と旅をし、私の希望で安乗埼灯台に行ってもらったことがあった。
灯台までの狭い道を、敢て進んでもらったのは、伊良子清白の「安乗の稚児」の詩を生んだ場所が見たかったからだ。
漂泊
蓆戸(むしろど)に
秋風吹いて
河添(かはぞひ)の
旅籠屋(はたごや)さびし
哀れなる旅の男は
夕暮の
空を眺めて
いと低く歌ひはじめぬ
亡母(なきはは)は
處女(をとめ)と成りて
白き額(ぬか)月に現はれ
亡父は
童子(わらは)と成りて
圓(まろ)き肩銀河を渡る
柳洩る
夜の河白く
河越えて
煙の小野に
かすかなる笛の音ありて
旅人の胸に触れたり
故郷(ふるさと)の
谷間の歌は
續きつゝ哀(かな)し
大空の反響の音と
地の底のうめきの聲と
交りて調は深し
旅人に
母はやどりぬ
若人に
父は降れり
小野の笛煙の中に
かすかなる節(ふし)は殘れり
旅人は
歌ひ續けぬ
嬰子(みどりご)の昔にかへり
微笑(ほゝゑ)みて歌ひつゝあり
伊良子清白の詩。
生前にただ一度だけ出版され、わずか18首の詩を収めただけの詩集「孔雀船」に載る詩。
この人のリリシズムに魅かれた時期があった。
そしていま、連想してしまうのは、黄景仁のこの詩。
途中遘病頗劇愴然作詩(途中 病に遘(あ)いて頗(すこぶ)る劇(はげ)し 愴然として詩を作る)
搖曳身隋百丈牽 搖曳(とうえい)して身に隋(したが)う百丈の牽(つな)
短檠孤照病無眠 短檠(たんけい) 孤(ひと)り照し 病みて眠り無し
去家已過三千里 家を去ること已に三千里を過ぐ
堕地今将二十年 地に堕ちて今 将に二十年
事有難言天似海 事に言い難き有り 天は海に似たり
魂應盡化月如烟 魂は應に盡(ことごと)く化すべくして 月は烟(けむ)るが如し
調穈量水人誰在 穈(かゆ)を調え水を量る人誰か在る
況値傾囊無一錢 況んや囊(ふくろ)を傾くるも一錢も無きに値(あ)うをや
乾隆35年。21歳で旅に病んだ時の作。
遂に科挙に及第することなく、貧困のうちに世を去った詩人の境涯はいかばかりであったか。
これは二首の連作の一首で、この時はまだ立ち直っているのだが、貧窮は彼を苦しめ続ける。
別老母(老母に別る)
搴帷拝母河梁去 帷(とばり)を搴(あ)げて母を拝し河梁に去る
白髪愁看涙眼枯 白髪 愁えて看る 涙眼 枯る
惨惨柴門風雪夜 惨惨たる柴門 風雪の夜
此時有子不如無 此の時 子有るは 無きに如かず
乾隆36年(1771)。22歳の正月。貧困の中で、衣食を求め、母を残して旅立つときの作。
涙なくしては読めないだろう。
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