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2006年09月23日17:01

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カッコイイ大人

一昨日、ある方に、以前書いた新聞記事の紹介について誉めていただいた。
いい文章を見つけると切り抜くというのは1993年頃からはじめたのだが、誉めてもらえると嬉しいので、時々書き込むことにしようかと思う。
今回は二つ。
一つは、漫画家の石坂啓さんの「未来を生きる君へ」という文章。
2004年8月8日の朝日新聞に載ったものである。
ステキな文章なのだが、丸写しにしては著作権の問題もあるだろうから、一部は要約して書いておく。
出だしはこうである。
「大人にダマされないで下さい」
何のことかと思うと、以下のように続いている。
「大人はしばしば自分が一人前であると勘違いをして、「半人前」のあなたたちに説教をしたり厳しく鍛えたりということをします。」
なるほど、それが教育だと思ってやっていることはしばしばあるだろう。
「完璧な人間なんてまずいません。大人だってまだまだ未成熟で、人間としては常に成長の過程にあるのです。だからエバっている大人の言うことはあまり信用しなくてもいい。
尊敬に値する人物というものは、私の知る限りみんな謙虚です。」
私の知っている「大人」で尊敬に値する人は確かに謙虚だ。
「エラソーにしている大人は「反面教師」として位置づけておきましょう」
そして、「カッコイイ大人」を見つけてくださいと呼びかけている。
「大人になるのも悪くはないと思えるような、自分もこういう大人になりたい、大人になってこの人に会いたいと思えるような、対象です。
だって大人がみんなショボくてダサいとしたら生きていくのがイヤになっちゃう。」
お金持ちか、仕事ができるかというような基準ではなく「あなたの感度で魅力的だと思える大人」を探しなさいと勧める。
「心の中でその人を自分の味方につけておけば、ずいぶん元気付けられるはずです」
現実には、事はそう単純ではないだろう。謙虚そうに見えて傲慢な人やその逆の人。
年齢によって変わるということもある。

近代日本も、第一次世界大戦までは国際社会に認めてもらおうと戦争をしても謙虚だったように思う。
西郷を下野させてまで征韓論を押さえ込んだのは、国力がつくまで自重したと言う事もあるのだろう。
日本はこの頃、己の力を過信していなかったのだ。

…続けよう。
「そうしてもうひとつ大切なことですが、戦争を起こそうとする大人たちに、警戒してください。
いま世の中がどういう方向に進もうとしているのか、大人に任せっぱなしにせず、大人の言うことを鵜呑みにせず、気をつけてチェックしてください。というのももし戦争になったとしても、大人は誰も危険なところへは行きません。それはあなたたちの役割になるからです」

第二次世界大戦が終わっても、危険な所には行かず責任もとらなかった大人たちがいた。
しかし、そんな大人たちばかりではなかったことも我々は知っている。

「自分は手を汚さず、若者や子供たちにさまざまなことを強要する大人のことを、許してはいけません。あなたたちが幸せに生きられるのでなければ、大人が先に経験を積んでいる意味がない。欲ばって、怒って、注文していいのです。」
…これはかつて自分たちがしていたことだ。
しかし、今はむしろその反省から立脚すべきだろう。
事実を知ること。そして相手の非を責めるのではなく、共存する道を探ること。
強要されることに疑問を持つ事は大切だが、相手の主張を聞くことに若者は謙虚であって欲しいと思う。

石坂さんはこの文を、こう結んでいる。
「カッコイイ大人になってくださいね。私もそうありたいと思っています。実際にはほど遠くって、焦ることばかりですけどね」

カッコイイ大人。
自分が昔あこがれていたような大人に、今なっているのだろうか…?
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