mixiユーザー(id:5919811)

2006年09月20日11:34

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SMコミュニティ

こちらでは主に学問・研究系のブログを中心にかかわるつもりでいたのだが、訪れてくれた人のブログを辿っていたら、SMの女王様を職業にしている方がおられた。
愛読書に「家畜人ヤプー」などを挙げておいたせいかもしれない。
そうした職業の人と出会うことは希なので、出来ればお話してみたい誘惑に駆られたが、もっぱら聞き役になりそうなので相手にしてもらえないだろう(笑)。

思春期に出会った本の中で「家畜人ヤプー」は「夜と霧」と共に大変ショッキングな本だった。
片やユダヤ人の精神科医だったフランクルによって書かれ、強制収容所の死を伴う苦痛に対する精神の自由を考えさせる本であり、人はこんなに残酷になれるのだという所も見せ付けられて、戦慄を覚えた。
ところが「家畜人ヤプー」は侮辱され、痛めつけられる日本人が主人公でありながらそれが快感になっていく話。
白人の支配する未来世界は家畜人にとってもパラダイスなのである。
極端な現実と幻想のパラドクス。
宗教を手段にしたマインドコントロールはオウム真理教の専売特許ではなく、イスラームにもキリスト教にもある。
宗教だけではない、政治にも経済にも…。
隷従を快感と感じさせる事が出来たら、支配者は勝利者になれるのだろう。

この機会にSM系のコミュニティを覗いてみたが、これはこれで面白いと思った。
女性のマゾヒストは一人の男性に支配されることを望む傾向があるようだったり、男性のマゾヒズムが社会生活においての活力を支えていたり…。
谷崎潤一郎夫人がインタビューを受けて「誰かが、芝居心が無いと谷崎の妻は勤まらないだろう書いていましたが、それはそうなのです」というようなことをおっしゃっていた。
松子夫人は、己のサディズムを満足させるために夫を相手にしていたのではなく、谷崎のマゾヒズムを満足させ、創作意欲を掻き立てるためにサディストを演じていたというわけである。

あるブログでこんな問答があった。


わたしはおしっこを飲ませる側です。
刻印として征服感を味わうこともあるし、屈辱として優越に浸ることもあります。飲むことに慣れてない相手には加虐の快感を感じないわけでもありません。
でも大部分、自分だけの快適な専用トイレとしか見てません。トイレに行くのが面倒だから。
尿はただの排泄物だと思ってるので自分で聖水という表現もしません。
奴隷は聖水とか黄金とか・・ストレートに物を表現できなくて大変ですね笑。

コメントありがとうございます。
奴隷が聞いたら、泣いて喜ぶ表現ですね。
奴隷がどれ程、思い入れをしようが、まったく関心なし。
ただの便器に、ただの排泄物を処理するのみ。
この奴隷にも満たない扱いが、逆に奴隷の心に火を灯す
ことになりそうですね。


この乖離がマゾヒストとしてのツボを刺激することはわかるが、女王様の都合だけでトイレとして使われて、本当に満足できるのであろうか?
実際には、己の欲求を満足させるために女王様を使っているだけなのではないだろうか?
…こうしたことは言わずもがななのかもしれない。
主に会話を楽しむためにコメントが使われているのだから。

社会の破壊や犯罪と結びつかないなら、こうした会話が楽しめるというのも悪いことでは無いだろう。
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