お見舞いに行った帰りに、近くの天祖神社と冨士神社に行った。
天祖神社は源頼朝が奥州討伐に向かう折に霊夢を見、松の枝に大麻(伊勢神宮の御札)がかかっているのを見て天照大神を祀ったのが起こりとされる。
社殿は神明造。
裏手に、青面金剛が祀ってあった。
三猿や・庚申碑と共にあったが、近くの路傍にあったものをまとめたものか?
続いて冨士神社。
御覧の通りの富士塚で、祭神は木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)の命。
冨士浅間神社と同じで、富士山信仰が起源。
元々は本郷にあったが、加賀前田家の上屋敷造営に伴ってこの地に移された。
本郷の東大の敷地が「本富士町」隣接する警察署が「本富士警察署」と呼ばれていたのは、この富士塚があったことによる。
こんな近くに氏神さんが二つかと思ったら、こちらは富士講の人たちが維持してきた神社で、所謂氏子はいないらしい。
元々あった前方後円墳を利用して造ったと言われているらしいが、果たしていかに。
近くにはこんなものも残っていて江戸・東京を歩き始めたら、それだけで一生ものだなと思わせる。
戦時中、この辺は燃えなかったのだろうか?
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