新聞の切抜きから幸せについて書いたものを二つ。
私は、息子が小学一年の時から寮母として働き、寮の六畳二部屋を借りて暮らしています。この三月、娘は東京、息子は和歌山の大学に入学して出発するまで、変わらず川の字になって寝ました。
子供たちが小さかったころ、心細さのあまり、両わきで眠る二人を見ながら、何て可哀想な親子だろうと思ったこともありました。不安に駆られ、役所の母子相談に電話したこともありました。
息子が高校生になり、クラス懇談会で、お母さんたちから親子の断絶といった話をよく聞きました。「わが家では、しゃべり出したら止まらない息子と娘が、私と川の字になって寝ています」と、どれほど言いたかったことでしょう。
娘が受験浪人をするようになり、相変わらず三人で寝ていた夜、私は突然気付きました。誰も知らないけれど、私ほどの幸せものはいないと。娘とは二十年、息子とは十八年間も、がやがやにぎやかに、けんかもしながら、まるで毎日が修学旅行のように過ごせた、この幸せ…。
二人が同時にいなくなった今、寝入るまでの一時がどれほど楽しかったか、しみじみと一人で振り返っています。
(2000年四月、朝日新聞の声の欄から)
クリスマスツリーを見ると思い出すことがあります。まだ若く、経済的に苦しいころのことでした。
子供が二人になったので、ツリーを買おうということになりました。120センチのものと150センチのものがありました。大きいほうを買いたいけれど、少し値段が高いのでためらっている私を見て、夫が珍しくきっぱりと「こっちを買おう」と決めてくれました。
今から考えると、3千円の差でしたが、私は途方もないぜいたくをしたように感じ、幸せな気持ちでジングルベルが鳴り響くお店の中で、夫と子供たちの顔を見ていたものです。
少し余裕ができた現在ですが、あのときほどのぜいたくな気持ちはそれ以来味わったことがありません。
また、こんなこともありました。「君がおやつを買うのも節約しているから」と、夫は職場で配られるお菓子をよく、持って帰ってくれました。
台所で夕飯の支度をしている私のところにやってきて、うれしそうにスーツのポケットから最中やおせんべいを出すのです。私は苦笑しながらも2人で半分ずつ食べたものです。10年以上も前のことです。
お金はあった方がいいかもしれませんが、ないからこそ味わえることもあるのだと、少し年をとった今、しみじみと思います。
(2001年12月、朝日新聞のひとときより)
貧しさの中に身を沈めざるを得ない時に、この二つの話は、希望を与えてくれる。
どんなに苦しい時も、幸せは隣り合わせてあるのだと思わせてくれる。
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