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2025年03月24日23:16

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「ANORA アノーラ」を見て。〜シャンパンの泡の如き、抱いて掴んだ夢の逃げ足の速さよ〜

デビュー作と前作は、ローカルにはブッキングされなかったので完璧な知ったかぶりは出来ませんけれど。アクション物かと勘違いされそうな原題マンマの邦題命名の「フロリダ・プロジェクト」で保護施設の係員から逃れてディズニーランドの園内にかけ込んで行く子供達の描写にヤラレたので、オスカーを獲ろうが獲るまいが公開が待ち遠しかったショーン・ベイカー監督の新作。

目の当りの印象は、社会の保護策実行にあって侵さざるべき子供のイノセンスかと受け取りそうなところ、入り込んだ施設は入場料を払った者だけが「夢」の享受を許される世界で無銭侵入の子供は受け入れられない。絵になる描写には、痛烈な現実を突き立てる切っ先を潜ませている。

なので、ロシア財閥のボンクラ息子に見初められた、自身のカラダで食いつなぐ風俗嬢が勢いで掴んだ幸せから転落へのアンシンデレラストーリーで持たざる者の「辛さ」を見せるものと予想していたら。単なる社会格差批判を超えて「カラダと心」を通しての自身の在り方の不確かさと受け入れる他者が存在する事、辛さや侘しさを漂わせながらも望みすらも潜む、過去作からの「一つの描写で相反する味わい」が、監督のキャリアの積み重ねに比例して円熟味を増して更に惹かれました。

劇中では「アニー」の通り名であるタイトルロールを演ずるマイキー・マディソンさんは、我が国とかにありがちな「汚れ役」を着せつけられたかの上部と中身の不一致感が付きまとうような不自然さも無しに、「上客」を引き当ててゲスな相手客どもと手が切れてセレブ生活を楽しむ歓びから、ロシアの親にボンクラとの結婚をぶち壊しに来たアメリカ現地の世話役の大人たちに対して、監督の映画趣味である梶芽衣子さんの暴れ振りを吹き込まれたお陰で掴んだ二人の幸せはガンとして守ろうって必死さが籠っていて、「役」として作品を生きているのが伝わります。

ポスターにもなっているアノーラの生涯絶頂期は、見る側にとってはバカップル描写に気も離れ掛けるのですが。そこへ息子のお目付け役が乱入して、一転。勢いで結婚した二人の関係の行方に、ロシアの親の代理であるアメリカ現地の雇人達の親への忖度と本心が絡み合って。

話の帰結がどう転ぶのか削がれかけた観客の気持ちを再び引っ張りつつ、とっとと逃げ出した息子以外のアノーラを始めとする利害関係者の本心の行き違いによる「ズレ」と、修羅場の実力行使役として、全く関係ないのにお目付け役に呼ばれて抜き差しならない場に呼ばれた無骨な若者イゴールの第三者の目線が、可笑しみを産んでロシアから両親登場までの対峙局面までの修羅場がユーモアを伴って描かれる。これは、脚本に留まらず編集も手掛けるショーン・ベイカー監督の芝居構成と見せ方も大きく寄与して、巧みなストーリーテリングの手綱さばきを発揮する。


務めるお店で、客に馴染んでもらえるからと「アニー」で通して。名前は些細な事かもしれないけれど、寝たくもない相手と日々身体をすり減らす現実は、重い。今や、日常の中で「愛情の発露」は商品化されて、他者と繋がるにも「本心」を見極めるのが難しいし、それすら欲望解消の為に意味のない事になりつつあって。そんな中、イゴールは、アニーと自ら称する女性の本名「アノーラ」のいわれと併せて彼女の素顔を垣間見る。対して、アノーラ自身は、まず商売っ気を持って相手を見る。ギブアンドテイクが、彼女に染み付いた生きる前提で。貰ったものに対して、心を殺して体を開く。イゴールとアノーラが絡まる場面は、二人の「違い」の現われに切なさに覆われるのだけれど。そんな相手を包みこむ様子が黒味の画面に転じて、物音だけが流れると二人が互いを判り合う日が来る事を願わずに居られない。

拙文にお付き合い頂き、ありがとうございます。
シネプラザサントムーン シアター5にて

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