気が付けば、登場人物たちとシンクロからの感情移入。主人公の窮地に、薄々感づいてはいるのだけれど、望まれるタイミングで現れる助っ人へ叫びたい位の心の中の快哉。ありきたりなセリフなのに、やたらと掻き立てられるセンチメンタルな気分。情報やら仕入れてチケット買ってはいるけれど、先入観が全く無く平常心で臨んだのが、見事にハートに火を付けられた。思いもよらぬ作品との出会い。これだから、劇場での映画鑑賞が止められない。
一昨年のドキュメンタリー「カンフースタントマン」には、隆盛期の80年代を懐かし気に振りかえるレジェンドと、映画産業が衰退し副業掛持ちしながらスタント業に噛り付く若者達が併せて提示されていて。80年代の屋台骨を支えたサモハン翁が出る、今の香港が放つ「活劇」なので消息確認と現状認識が一度に出来て良いかとおっとり刀で出掛けたのだけど、まんまと返り討ち。でも、嬉しいからちっとも惜しくない。
本作は、ジャッキー・チェンの「ポリスストーリー」2作目のサブタイトルで知った80年代の伏魔殿ともいうべき九龍を舞台としている。廃屋然とした壊れた複合ビルの中、違法的に居座りつつも当時の人々が寄り合って「生活圏」を形成していた。香港に密入国した青年チャンは、生き延びるため我が身ひとつで稼ぐべく賭け拳闘に出ていたところ、腕っぷしを黒社会に買われそうになるのを拒絶して、九龍に逃げ込む。そこを束ねる初老のロンギュンを慕う三人の男たちと多くを語らずとも気心を通わせるのだが、九龍が生活圏として成り立つのに生じた怨嗟と開発の利権が絡む戦いにチャンら四人の男たちは、否応なしに巻き込まれる。
裏社会で、若いはねっ返りが世代交代を企む展開かと思いきや。密入国者のチャンは、立ち塞がる輩は皆邪魔者な訳で。忍び込んだ九龍の廃ビルがひしめく迷宮の中、床屋で調髪にあたる気のいいオヤジとロンギュンを見做して追手からの盾にしようと後手を取ろうとするも、咥えタバコを宙に浮かす間に推手の一撃で部屋の壁へと派手にチャンを打ち返すや手元に落下して来たそれを指の間でキャッチして再び紫煙をくゆらす。
ケレン味めいっぱいで、演じるルイス・クーさんの辛苦が刻んで貫録溢れる風貌と相まって九龍を束ねる「師」として一目置かれる存在であるのが、「一発」で説得させる。そのロンギュンを仰ぎ、彼の庇護の元九龍に根を張って日々の生活に勤しみ、心を通わせるチャンら四人。香港で研鑽を積んで現地の演者の活かし方を熟知した谷垣健治さん振付のアクションだけが目立つのではなく、立ち回りの見せ方と共に、当時の九龍の生活の様子がシッカリと描かれているうえに、多くの言葉を解さずとも若い四人が絆を育む経緯が腑に落ちて来る。
そして、親の代からの「因縁」が、仲間を売って後ろめたい明日を生きるか、「情」を取って今この時を戦って運よく生きながらえるかの選択が、アクションの起爆剤となって見る側もスクリーンに向って前のめりになる。展開から、黒社会の統領に成り上がってラスボスの座に収まる若頭筆頭的な輩が居るのだが、「気功の使い手」が飛躍してターミネーター的な絶対的存在として立ちはだかって活劇描写も飛躍的にギアが上がるも。そこに至る、窮地の場面での「援軍」の登場が、「ここだよ、ここ」と画面に向かって拍手を送りたくなる絶妙なタイミングで、更に盛り上がる。
見せ場の大ぶろしきを広げて終わりと思いきや、先代から無理やり押し付けられる「遺恨」への終止符を打つ機会が待っていて。次世代への理想的な継承を見せて、現代に作られるべき作品としてメッセージ意味合いも深いうえに、80年代の九龍の廃屋が重なり合った混沌としたビルの高みから香港の街を見下ろして、「変わらないものもあるはず」とチャンの口をついて出る一言が、心にのしかかる。
エンドロールの写真が、「あの頃の九龍で」とばかり、チャンらのそこでの生活が伺えるアルバム形式的に構成されていて。住んでもいないのに、ノスタルジー感を掻き立てて来る。本当に生活しているところでロケしたんじゃないかと見紛う、当時の地下街的に入り組んで混沌とした中、寄り添って生きる人たちをリアルに映えさせる10億円掛けて九龍城砦を再現したセット美術あっての説得力と感激更には興奮でした。
拙文にお付き合い頂き、ありがとうございます。
シネマサンシャインららぽーと沼津 シネマ1
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