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2024年05月05日23:46

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「リンダはチキンがたべたい!」を見て。〜戸惑わされていた色とりどりの「自由さ」が、明日への目線を上向きへと誘う〜

去年のアヌシー映画祭で、原恵一さんの作品他を制してクリスタル賞(作品賞)を獲得したと聴いて見てみたいと思っていた作品が、地元の劇場にもブッキングされました。本作は、劇映画を手掛ける奥さんでもあるキアラ・マルタさんとの共同監督として、セバスチャン・ローデンバック監督が手掛けてられて。前作の「大人のためのグリム童話 手をなくした少女」は、来なかったのですが。アヌシーの名称は、アカデミー賞やカンヌ映画祭ほどの神通力はまだ無いのでしょうけれど。その恩恵とは言い難いですが、こうして地方にも作品が回って来て、漸くお目に掛かれる事となりました。

画像をご覧いただくと、外観を単色のカラーの色付けをして、顔や服を簡単に線で描き加えただけのキャラクター表現。これまで見慣れているアニメーションでは、作り手によって表情や体つきや服装なども、人物造形や物語上の必要も考慮のうえ突き詰められる「成果」であるし、公開に付随して売り出すグッズとかマーチャンダイジングも計算に入れられて出来上がったキャラクターが動くものと、刷り込まれている。

そんな概念に馴らされているので、キャラクターごと「色」が定められている以外は、無造作のように線が描き込まれているだけで、決まったフォルムを持っていない本作の表現は独特で、一般の方からしたら、作品をみる決心も付け難くいかも。そのうえ、お国柄に作り手の意図もあってか、いい意味で個人主義、平らに表現して身勝手さを帯びていて厄介。

子供は、親の言いつけにも自分を曲げず主張するし、社会でのストレスもあるだろうけれど、大人も子供の言い分を聴く前に都合を押し付ければ、大人同士では、その時感じた相手への好意が素直に言動に現われるし。それぞれの持ち味とか性分である「色」も、あまりに自由なので、面喰います。しかも、予想外に心の叫びとか、募る想いを、胸の内で歌い出したりもするので、余計に。

フランス郊外の団地に、母親と飼い猫とリンダは暮らしていた。母親が大切にしている指輪を巡って彼女は責め立てられた。でも、それが母親の思い込みからの間違いだったのが判って、娘の「おねだり」を聴き入れる申し出をして。それでリンダは、翌日の晩ご飯に亡き父親の振舞い料理として記憶の隅にあるパプリカチキンを作って欲しいと、せがんだ。ところが、その日は国全体でストライキが実施されて、当然、お店も開いておらず。

何が何でも、この日にチキンを食べる事に娘は固執して。雨の中、車を走らせ養鶏場に行きあたった母親は、融通を利かせられない留守番の青年の断りを蹴って、鳥を一羽「拝借」して団地に走り去る。途中、頭が固くて要領を得ないボンクラ警官と、母親に運命の出逢いを直感したトラック運転手と、都合よく妹である母親にムリを押し付けられるお一人様の叔母を引き寄せ、リンダ母娘は団地に帰還する。更に、リンダの同級生ら住人をも巻き込んで、パプリカチキン騒動は、ちっぽけな親子の問題から思いもよらぬ膨張を遂げるのだった。

あらすじの端端から、多民族の国だからこその「強い主張」が見いだせると思います。現代は、個人の在り方が尊重されているとはいえ、東洋のお国柄からは、拝聴と迎合へと行きつくところ、中々相手に「折れる」という事をしないし。ずうっと昔の伊武雅刀さんが歌っていた「子供たちを責めないで」に出て来る通り、劇中の子供は身勝手で、説明を尽くして理解を求めるとか見られません。単純に、親子が亡き父の思い出の料理を媒介に、相互理解を深める方向には進まず、親子や姉妹、社会における保護者と被保護者の間柄に、祖語や違和感を含ませたまま進む。

輪郭がシッカリして作り上げられた登場人物がストーリーを引っ張ってゆくのに慣れた身としては、作品を享受するペースが掴み難いのだけれど。各キャラクターの色に、ざっくり表情や装いが描かれた線画が、徹底した描写主義によらず、大まかに線による建物や風景描写に乗っかると、その「省略」された映像表現は、動く絵本を見ているようで。決して自分を偽らないその行動は、サスペンス感は無縁の騒動話なのに、テンションを保つ働きに繋がり、その間に見慣れない視覚構成の持ち味を受け入れ易くしてくれる。

とはいえ、見ながら「気掛かりな事」として、こちらの頭の中でもたげて来るのは、アニメーションとは言え、生きた鶏の「始末」である。ミニシアター華やかなころ、「フランスの思い出」って単館系作品の中で、都会から田舎に疎開的にやって来た男の子の前で、預かった家のお母さんが、直接の描写はなかったけれど、生きたウサギを事も無げに絞めて見せて、男の子を気絶させる場面を思い起こしました。

亡き父との思い出の料理を、着地点とするなら避けては通れないところを、「ぼやっ」とした線画でみせるのか。その辺りが、団地内を、子供も大人もシッチャカメッチャカ、アニメーションの描写だから受け止められる騒動ぶりを持って結構引っ張るのです。

劇中、ハリウッドの作り込まれたものとは違う、ホントお手軽な感じで、場面転換と共に登場人物が、シャンソンを聴かせるシーンが幾つかあって。妹であるリンダのお母さんに、姪っ子の事でアレコレ頼まれてイライラを爆発させ掛かった際に気を静めるところで、「甘いもの依存症」を歌い出して、ちょこちょこペースを狂わせる箇所があるのですが。

先の鶏を絞める問題の重さを、メッセージと昇華させるための所々でのシャンソン転調だったのかと、クライマックスに至って納得。思い出は、思い出として心に留まるものだから、今起こった体験も出逢いも、前向きに受け止めて明日を生きなさいって、アニメーションだから許される、登場人物の起用に、略画にしては艶っぽい情景も織り込んでいて。アヌシー映画祭の大賞も納得でした。

「地方に字幕版は要らんだろう。」ということなのか、目にしたのは吹替え版。リンダのお母さんが安藤サクラさんで、途中、騒動を共にかいくぐるトラック運転手の声がリリーフランキーさんの取り合わせ。どこぞの実写映画の再現となるカップリングと、なりました。冒頭の「想い出」についてリリーさんの声で語ってくれるのですが、字幕で読むよりもすんなりと頭に入って来る効果があって。だからと云って、出来上がったアニメーションに慣れたお子さんには、まだ、難しいかもしれません。

拙文にお付き合い頂き、有難うございました。
シネマサンシャイン沼津 シネマ�イ砲�

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