作品のポイントを的確に抽出した予告編が気に留まり出かける。オリジナルの韓国作品は、知らず。事前に膨らんだ期待感を裏切る事なく、世界観や、看板出演者のネームバリューに沿った、裏切らない作品であります。
根っからの私欲追求だとか、公正を保つために敢えて取り締まる側に軸足を置いて立ち回るだとかありますが。悪徳警官が、自分では巧い事バランスを取っていたつもりが、追い詰められて行く話は、大好きです。最近の邦画では、「孤狼の血」の役所広司さんと松坂桃李さんの師弟コンビ。洋画では、破滅の色男、自身の悪役刑事役の集大成的なゲイリー・オールドマンの「蜘蛛女」。彼らは、身をもって「いつまでも、ウマい話は続かない」を痛快に教えてくれる。
昔は、クドカンのドラマでは冴えない青年だったのに。今や、好感度を安定維持している岡田准一さんが、地方都市の刑事工藤に扮し。彼の所属する部署がヤクザから不正な賄賂を受けているとの嫌疑の調査で警察本部から遣わされるのが、綾野剛さんの監察官矢崎。相手を潰すまで、引くに引けない「犬猿関係」の発生と増長の攻防を、年の瀬の4日間に渡って活写。
雨の中、車を走らせる工藤のシークエンスで、置かれた立場のマズさに本人自身のダメ加減に加えて、更に降りかかる災難を総て納得させる巻開けから、テンポ良く進む。予告編でも取り上げられた、工藤の母親の遺体が収められた棺に、火葬に乗じて始末したい車両事故でトランクに隠した遺体を無理やりに収めるだとか、追い詰められたアセリによる突拍子の無い行動や、激情に駆られて我を無くした故の暴挙だとかで、工藤と矢崎の冷静であれば、あり得ない振る舞いの愚かさに、つい嗤ってしまう場面が随所に散りばめられる。
特にクライマックスは、二人に絡む人たちが親しい人達と過ごす年越し風景も指し込まれる中、当人たちは、果ててしまっても不思議は無いほど疲弊しているにも関わらず、撃ち合い拳を交え合い、息も絶え絶えで負傷で顔が別人と化しているのに、それぞれハンドルを握って新年の街へと2台の車を疾走させて、あまりの愚行にあきれ返る。
これまでの自身の主演作と違って、お顔が幾分肥大した感のある岡田氏と、出世命で、本心を押し殺したノッペリ無表情から、出世レールから外れるや抑圧の反動をエネルギーに転換したかのターミネーターと化す綾野剛さん。それぞれ、作品に献身しておられて、期待に応えていますが。末永く、この作品のキャラクターを愛するべき対象とするには、例えば広末涼子さん扮する工藤の妻との繋がりだとか、工藤と矢崎が対峙する、本作の愚行の源である、マネーロンダリングの莫大な手数料を隠した膨大な金庫である墓場傍の洞穴の場面とかで、工藤並びに矢崎の人物像を掘り下げて親しみを創るチャンスだったと思われるけれど、作品の流れの停滞を避けてか、そっちに描写が割けられなかったのは致し方なしか。
本作のメガホンを執った藤井監督は、過去に綾野剛さんを起用した「ヤクザと家族 The Family」では、反社法の制定で紙屑と化した暴力団員の人権を、昔ながらの義理人情、家族感に生きるチンピラの悲哀ドラマへと昇華して、社会告発のジャーナル的な面に、親分と子分の任侠世代間ドラマを両立させていた。この「最後まで行く」は、全く違う話だけれど。
ヤクザを捨て駒として使えと、上司でもある義父の言いつけ通り、地元の暴力団の組長である柄本明さんに、政治家の裏金である寺に隠された金の引き出しのカギを握るチンピラの捜査を、矢崎は命じますが。権力の言いなりにはならぬと、柄本明の御老体の暗躍が、「ヤクザと家族 The Family」での舘ひろしさんと綾野剛さんら一家の無念を晴らす様にも見えて、柄本さん目線では、痛快でした。
拙文にお付き合い頂き、ありがとう御座います。
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